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アルマゲドンとモビー・ディック

アルマゲドン』(Armageddon)は、1998年のアメリカ映画である。この映画にはハーマン・メルヴィルの小説『白鯨』と多くの共通点がある。おそらくオマージュなのだろうが言及しているサイトが見つけられなかった。どっちも大好きな作品なので自分で書いておこうと思う。

 

ディープ・インパクト

アルマゲドン 白鯨」と(日本語で)検索しても両者の関係を指摘したものは見つからなかったのだが、その検索で同じく隕石パニック映画の『ディープ・インパクト』について多くヒットする。同映画に白鯨を朗読するシーンがあるためだ。この2つの映画は同じアイデアを元に別の会社がそれぞれに作り上げたものらしく、白鯨を意識している点も共通しているのだろう。アルマゲドンには白鯨への直接の言及はないが、その分ストーリーに似たところが多い。なにより、良くも悪くもアメリカ的な精神が共通している。

 

[白鯨]

まず『白鯨』(Moby-Dick)とはどんな小説なのか簡単に説明したい。主人公のイシュメールをふくむ多様な出自と経歴を持つ個性豊かな乗組員と、巨大な白鯨「モビーディック」に復讐心を燃やす片足の船長エイハブの航海譚である。鯨や捕鯨にまつわる膨大な蘊蓄と逸話に脱線をくりかえしながら物語は破滅的なラストへと突き進む。

当時、鯨の油は重要なエネルギー源であり、捕鯨は世界に灯りをもたらすものだった。この小説ではさらに捕鯨は世界経済や歴史と結びつけられ神話的な意味をもつものとして描かれている。

また、イシュメールやエイハブはキリスト教では忌むべき名前とされており、信仰の葛藤も主題となっている。序盤に元鯨捕りの牧師が教会で話すシーンがあるが、そこでは教会の意匠があちこち船を模しており、説教壇は世界を導く船の舳先になぞらえられている。その説教で語られるのは聖書の鯨に飲まれ改心するヨナの逸話だ。

一方でエイハブはほとんど反キリスト教的と思えるような人間である。彼にとってモビー・ディックは理解を超えたこの世の不条理の権化であり、これに復讐を果たすためなら彼は神と戦い神を嘲笑うことも厭わない。

 

[白鯨と石油採掘員]

映画『アルマゲドン』の話に移ろう。この映画では、石油採掘員のリーダーのハリーとその部下A.J.が中心的な登場人物である。白鯨に関してよく言われるように、石油は世にエネルギーをもたらすものなので現代版の鯨油である。そして石油採掘員も鯨捕りと同じく命がけの仕事をしている。

ハリーも序盤はエイハブ船長のように部下に対して暴君であり、A.J.に銃をぶっぱなしている。ハリーの足は健康だが、代わりにNASA総指揮官のトルーマンはエイハブと同じく左足が不自由である。

 

[鯨と油と環境問題]

ハリーは石油採掘を批判する環境保護団体に「俺も鯨は好きだぜ」と言って茶化したりもしているが、実は白鯨が書かれた19世紀当時にもすでに捕鯨反対論はあった。例えば、歴史家のジュール・ミシュレは『博物誌 鳥』の中で鯨を優しく平和的な生き物として描写し、鯨の乱獲を嘆いている。一方、メルヴィルはもちろん捕鯨推進派であり、鯨の個体数は減っていないと語り手のイシュメールに反論させている。そして鯨、とくにマッコウクジラは人間に明確な殺意をもって行動するものとして描かれ、キヴィエ(弟)などの学者に対しては「捕鯨航海の体験がない」と手厳しい。

アルマゲドンの中の「モビー・ディック」は言うまでもなく小惑星だ。小惑星も「怒っている」などと敵意を持ったものとして語られる。映画に、採掘員のロックハウンドが隕石を破壊するための核爆弾にまたがって「No nuke! No nuke!」とふざける場面があるが環境問題(の両派)を風刺する視点がアルマゲドンにはいくつか見られる。

 

[鯨とゴジラ核兵器

核も21世紀の主要なエネルギーである。核に関してはロシアの宇宙ステーションではロシア人が、父さんが旧ソ連アメリカの都市をどこでも正確に爆撃できる核ミサイルを開発していたんだと無邪気に、アメリカ人に向かって(!)自慢するシーンがあるが、ここも笑っていいのか悩むほど風刺が強い。

核とゴジラレイ・ブラッドベリ、『白鯨』の関係については巽孝之の『『白鯨』アメリカン・スタディーズ』に教わった。『白鯨』と合わせてぜひ読んでみてほしい。アルマゲドンの冒頭にゴジラ人形が出ているのも核が一つの主題になっていることをほのめかしているように思える。アルマゲドンの脚本にたずさわったJ.J.エイブラムスは、最も影響を受けた映画に『ジョーズ』を挙げているが、ジョーズも1956年のブラッドベリ脚本の映画『白鯨』に影響を受けている。

 

[さまざまな乗組員]

白鯨の多種多様な人種や出自の者が協力し合う点は、スタートレックに影響しているとよく言われるが、アルマゲドンにも言える。多民族国家アメリカの縮図でもある。

採掘員のロックハウンドは、インテリでありながら危険な肉体労働に身を投じている点でイシュメールを思わせるし、隕石の上で恐怖で発狂し陽気で不合理なふるまいをするようになるところは少年ピップである。

機長のシャープ大佐は軍の命令を優先して、銃で脅してハリーの採掘を阻止しようするが、これはスターバックが常識にしたがってマスケット銃でエイハブ船長を殺し止めようとしたのとそっくりだ。どちらも結局は自ら断念している。

アルマゲドンはキャラクターの個性が強烈に印象づけられるよう演出されており大きな見所の一つになっている。

 

[改心するヨナ]

では、白鯨の牧師の説教の役割はアルマゲドンの世界では誰が担うのだろうか。世界を導く舳先に立つのはもちろんアメリカ大統領である。彼は世界に向けた演説の中で神に言及する。

ここで聖書のヨナについて追記したい。ヨナは神に逆らい、神から逃れるため船に乗る。神が嵐を起こして船を襲うと、船乗りたちは「誰のせいか」をクジ引きで決めることにする。するとヨナが「当たり」を引く。そこでヨナは船乗りたちに自分はヘブライ人だが神から逃げていたこと、嵐は自分の責任であることを告白し、自分を海に投げ込めと言う。そして海で鯨に飲まれ、陸に帰還し改心する。

白鯨の牧師は、神から逃げるヨナを「あさはかにも」「人間が作った船で神が支配しない国々」へ行く、と表現する。一方アメリカ大統領は隕石を「アルマゲドン」と呼び、人間の科学の力で乗り越えられると断言する。人間が科学の力で神の掟の外に出られると考えている点では白鯨の牧師より冒涜的だが、現代の感覚からすればふつうだろう。この演説も感動的なシーンだが、「戦争さえも強みになる」というしたたかさははほとんど皮肉なほどだ。

 

[エイハブからヨナへ]

「人間が作った船」であるフリーダム号でも誰が船を降りるかのクジ引きをする。あとはご存じの展開だ。ここにきて、今までエイハブを演じていたハリーが、自己犠牲を選ぶヨナになる。ヨナは地上に生還するが、ハリーは助からない。しかし何も残さなかったわけではない。彼が生かしたA.J.は彼の分身であり、何の略か明かされていないA.J.とはエイハブ(Ahab)→ヨナ(Jonah)なのだろう。