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論文紹介: FEMEN トップレスの抗議とムスリム女性(続き)

前回の続き。

http://ottimomusita.hatenablog.com/entry/2020/11/09/235556 (←前回)

 

ここでチュニジアの女性活動家のAmina Sboui (Amina Tylerとも)に言及されている。

Aminaはトップレスの抗議をしてチュニジアで騒動を起こした。彼女はfacebookにトップレス写真を公開し、すぐにグローバルに注目を受けた。彼女は胸にアラビア文字の文で自分の体の独立と自己決定権を支持し反抗した。Aminaは逮捕され、上述のFEMEN活動家Josephine Wittはチュニジアまで行き彼女の解放を求めて抗議した。FEMENはすでにこの抗議がムスリム女性のために必要と見なしており、Amina釈放のための公の抗議を招集していないことからも、イスラム女性が自身のために戦うことができないという印象をもっていたようだ。
 

FEMENはすべての女性の必要性と権利のために責任をもつことを望んでいて、フランスでのブルカ禁止に反対したと発言しているが、筆者はそれを疑わしいとしている。

 

女性の政治的解放を求める戦いはすべての女性におしなべて適応可能なわけではなく、文化的な周辺の条件はさまざまな側面での解放の望みがあることを示している。ここでは再度、インターセクショナリティの概念を援用しないといけない。この概念はたとえば肌の色など他の差異に注意を向けて、フェミニズムの言説にさまざまな手続き、とりわけ目的をもつことができる。

 

 

FEMENのトップレス・ジハードデイとイスラム教との戦い

 

ドイツ内でのFEMENのイスラム教に対する抗議はいくつかあるが、そのどれもケルン大聖堂での抗議のようにすべての新聞が報じるようなことはなく、あまり注目されなかったそうだ。

「Amina解放」抗議は比較的注目された。この抗議でWittは逮捕され、1ヶ月近く勾留されたそうだ。チュニジアでの行動の他に「トップレス・ジハード」という反イスラム教の運動があった。

 

FEMENはAminaの逮捕のあと2013年4月4日を「トップレス・ジハードデイ」として宣言し、世界中の女性に呼びかけて、裸の上半身の写真と「My Body Against Islamism!」「Fuck your morals!」の文言を公式ホームページに投稿し、これは世界で大きな反響を呼んだ。

 

保守的なムスリムはAminaをトップレスの抗議の罰として投石で殺すと脅した。YouTubeの動画にはShevchenkoと他の活動家がベルリンのモスク前での「トップレス・ジハード・デイ」を公開した。

 

「Fuck your morals!」、 「Free Amina」、「Fuck Islamism」のようなスローガンが最初はフェンスの前で若い女性から叫ばれ、Ahmadiyyaのモスクにさらに近づいてフェンスを乗り越えることになった。

 

ここでも暴力的な反応を引き出そうとする挑発が見られるという。この抗議に対する批判は以前のこのブログでも紹介した。

記事紹介:「イスラムのフェミニズム」 - Ottimomusitaのブログ

 

 

またFEMENは、2014年ベルリンのイスラム週間のさいに、「ベルリンーともに作る街」というテーマのパネルディスカッションでも抗議のために突入している。これはメディアの関心が低く、雑誌のVICE以外、ほとんどの新聞で報じられなかった。VICEによると、

活動家たちが裸の抗議によってパネルディスカッションを中断させたあと、VICEのジャーナリストのMatern Boeselagerは活動家たち部屋から出そうと穏便に試みたことを報告している。登壇者のひとりは「あなたがたの出動には感謝します(…)が、どうか部屋を出てください。たいへん有り難いですが、だからこそこのイベントを開いているのです。この出動は称賛に値しますが、あなたは抑圧されたと感じる人たちと話すことができるでしょう。」

 

Boeselagerは、FEMENの目的はよくわからないがムスリム女性との対話には失敗しておりムスリム女性が意見を述べる機会が奪われたと結論づけた。

 

パネルディスカッションでのFEMENの抗議はイスラム教への攻撃とみなされた。PEGIDAのようなイスラムへの排外主義は、すでにムスリムに支えられているドイツ社会では許容されない。

一方で特に2001年9月11日の攻撃後、イスラム教はテロリストという否定的なイメージと結びつけられた。また女性を抑圧する宗教として左派からも攻撃された。

Beverly Weberによるとこのイスラム教を軽視した見方はひとつの人種差別の形態となっている。

 

さらにWeberの主張では、ムスリムの女性は従属的で抑圧された女性だと認識され、そのことでとくに政治的な領域から締め出されることが多い。

 

FEMENは宗教に反対し、さらに女性は宗教に反対していると主張する。これによってムスリム女性はFEMENに賛同しなくなる。上述のチュニジアのFEMEN活動家Amina Tylerも、FEMENはイスラム嫌悪的だとして、最終的にFEMENから距離を置いている。

 

フェミニズム的なムスリム女性は裸の抗議の方法で「解放」されたくはなかったので、facebookに「ムスリマプライド運動」と「FEMENに反対するムスリム女性」が生まれた。

 

 

 

 

ムスリマ・プライド運動(FEMENに反対するムスリム女性)

 

多くのムスリム女性はFEMENが自分たちの自立性を認めていないと感じている。それは西洋が頼まれてもいないのに東洋をイスラムの独裁者から解放しようとするように響く。多くのムスリム女性は自分たちの宗教とフェミニズムの組み合わせの中で根本的な矛盾を感じていない。

 

たとえばムスリム女性のtwitterユーザーMehaはイスラム教はフェミニズム的な宗教だとすら述べていて、これはもちろん、女性はイスラム教から解放されるべきで抑圧的なものだとするFEMENの発言に反している。Mehaはさらにツイートで、自分の信仰はフェミニストとしてのアイデンティティの一部だと思うと述べている。

 

samirkuxは、FEMENが彼らに耳を傾けるべきであり彼らの代弁をすべきでないと投稿していて、BeBe_786は、このような抗議は彼らの生き方や宗教やものの見方に反していると宣言した。ここでは多くのムスリム女性が、FEMENが自分たちの願いや想定に適うように戦っているとは考えておらず、また助けを求めてもいないということが明らかでである。

 

 

Nadia Buttは、「女性に反対するムスリム女性」のFacebookページに彼女の写真を掲載し、FEMENの解放闘争に対するグループの態度について非常に明確な声明を発表している。「#muslimahpride#femenで、自分の服装をする女性の権利をサポートできます。 私の体、私の選択、私の宗教。」

 

 

FEMEN活動家たちはムスリム女性からのこの否定的な反応を認識しているが、彼女らが真実を抑圧していると主張している。Inna Shevchenkoは批判的にこう述べる。「人類の歴史の中ではいつも奴隷は自分たちが奴隷であることを否認している。(…)彼女らはポスターに彼女らは解放されなくていいと書いているが彼女らの目には『助けて』と書かれている」FEMEN活動家たちはムスリム女性が真実を否定しているか、自分を守れないほどに抑圧されているかだと非難した。

 

「トップレス・ジハード・デイ」への反対運動としてこのムスリム女性のグループは「ムスリム・プライド・デイ」を演出し、その前にはFacebookに「裸は私を自由にしない。私は救いを求めていない」や「私は自由だ」といったスローガンのついた数百の写真をアップロードした。

 

「特権のある女性が、西側からの支援を必要とする無力なムスリム女性という同じステレオタイプを広め続けているという事実にうんざりしている。」166

 

ジャーナリストでムスリムフェミニストであるKübra Gümüsayはtazの記事でこう書いている。「イスラム教の価値体系に反抗する『トップレス・ジハード・デイ』はAmina Tylerや他の女性のための連帯をしようとしていたかもしれない。しかしFEMENの女性たちはけっきょく反イスラム教のルサンチマンに陥ることしかできず、人種差別的でイスラム嫌悪的なステレオタイプを利用した。とりわけ彼女らは、何十年もイスラム教の国々で女性の権利のために尽力してきたムスリム女性すべてに大きな中指を見せている。」

 

Gümüsayは最後にこう考察を書いている。「主体性を認めず理解力を否定する。フェミニストはそういうもの反対して戦うのではなかったか。

 

長かったがまとめると、ムスリム女性の自立性を認めていないこと、裸を自由と結びつけて他の多様な女性の経験を無視していること、非暴力的な抗議と言いながら挑発がエスカレートしていること、資本主義を批判しながら消費を促していること、などが批判されているようである。

こういった団体は活動の資金繰りが難しいので商品を売るのはある面でしかたないのかもしれない。

セクシズムに反対しながら性消費的な広告の手法を利用していること、宗教批判をしながら宗教的な言い回しや偶像化を好むこと、などは危うさはあるがアイロニーとしてやっていることはじゅうぶん理解できる。この筆者は疑わしいと書いていたが、FEMENはフランスでのブルカ禁止に反対したと言っているので、ムスリム女性に対する不寛容も改善していける希望はあるんじゃないかと思う。

 

この論述は2015年のものだが、ホームページで誕生日を祝われていた創始者メンバーのひとり、Oksana Shachkoは2018年にパリの自室で亡くなっている。おそらく自殺と書かれている。

トップレス抗議の権利団体「FEMEN」創設メンバーが死亡、自殺か 仏パリ 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

 

さいきん胸元の大きく開いた服を着た胸の大きいアジア系の女性が、そのままでの美術館の入場を拒否された件に対してFEMENは抗議している。

【谷間で入館拒否?】フランスで約20名のトップレス女性らが美術館に集結し抗議活動! (2020年9月17日) - エキサイトニュース

 

あいかわらずおもしろニュース的なメディアの扱い方は気になるが、この行動は当事者のニーズとの乖離もなく時宜を得ており、成功していると言えるんじゃないかと思う。