記事紹介: ドイツのコロナでのアジア人差別 おさらい
コロナウィルスが広まりはじめた当初、アジア人に対する差別が増えたらしい。
少し気にしてたんだけど、ぼく自身はドイツでそういう差別には遭わなかった。あるいは何か言われてたけど言語が聞き取れていなかったか、鈍感なだけだったか、わからないが。
仕事が休みになって、ひとりで外を散歩しているとき、おじいさんに路上で「あなた韓国人か」と聞かれた。
「いえ、日本人です」
そう答えると、
「ならコロナだな」と言った。
その人は穏やかな調子だったので敵意も感じず、
「そう。ここもそうだし、日本もさいきん広まってきて…」
ちょうど日本の感染拡大が気になっていたぼくはそう話し、じいさんもそれ以上何も言わずに離れた。今にして思うとあれがコロナ差別だったのか。真相はわからない。
そうこうするうちに世界中に感染が拡大して、むしろ西欧の方がアジアより大変なことになった。レイシズム関連ではドイツ、ハーナウのシーシャバーでの連続殺人や、アメリカのジョージ・フロイドの件の方がニュースの中心を占めるようになった。いつだって、レイシストたちは暇をもてあましているし、カウンターはあれもこれもと忙しい。
コロナレイシズムについて少しふり返ってここにまとめておくことにする。
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2020年4月、Nhi LeのZEITの記事
ICH.BIN.KEIN.VIRUS.
Seit Corona hat der Rassismus gegen asiatische Menschen zugenommen. Unsere Autorin traut sich nicht mehr, in der Öffentlichkeit zu husten, und ist wütend.
Von Nhi Le
筆者は、2月初めに電車内で男がこちらを見て「コロナがいるぞ。早く降りよう」と言った、という経験をしたという。ウィルス保持者呼ばわりされる不安は筆者の頭の大部分を占めて麻痺させ、いつも危険と隣り合わせになった。喘息持ちだが公共の場で咳ができなくなったそうだ。病院でも治療拒否などの差別があったらしい。
以下抄訳。
感染拡大の当初からアジア人やアジア系の外見の人へレイシズムが向けられていた。そのため #IchBinKeinVirus (私はウィルスではない)というハッシュタグもできた。
音楽学校が感染防止として中国人の入学試験募集を拒否した。ミュンヘンでひとりの男が中国人の隣人のドアマットに消毒液を散布し、頭を切り落とすぞと脅した。こういう敵意を毎日のように聞いている。
彼らの理屈ではアジア人=中国人=コロナ罹患者となる。白人は休みにIschglに行った人でさえ、あるアジアの人間ほどには感染していないだろうと考えるのだ。
※ イシュグル (Ischgl)というのはオーストリア、チロル州の町で、大きなスキー場がある。北イタリアは今コロナで大変だから、とドイツ人はここにスキーしに行ったのだ。同じアルプスなんだけど。スキー場を閉鎖するのが遅すぎたとチロル州役場は訴えられていた。
レイシズムについて話すと「感染が怖いからだよ」とよく言われるが、こういう反応は被害者にとっては自分の経験を否定されるようでつらい。
ほかにも、ジャーナリストのPhil Ninhはtwitterで、買い物中に女が咳をして「これがどこから来たかわかってるよね」と彼に言ってきたと報告している。ポッドキャスト配信者のThea Suhは、家族の家のドアマットに知らない人が消毒液を含ませたという。
そしてオフラインではあきたらずネットでもアジア人を悩ます人が多くいる。自粛で家にいる間、レイシズムをぶちまけるよりましな活動がなかったようだ。よくあるのは議論サイトのコメント欄、SNS、とりわけtwitterで、内容は排除や敵意、殺害予告にまで及ぶ。
ここ数週間で新しい規制のためのチェックを警察や市の公安局員がしている。非白人にとってこれはレイシャルプロファイル、つまり民族性にもとづく職質をされる懸念が高まることを意味する。
Nhi LeのTwitterアカウントはこちら。「コロナレイシズム」という言葉を作った人。Nhi Le (@nhile_de)
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2020年3月、Corinne PlagaとKatrin BüchenbacherによるNeue Züricher Zeitungの記事。スイスとドイツについて書かれている。
«Es bricht mir das Herz, dass ich als Schweizerin aufgrund meines asiatischen Aussehens beleidigt werde» – wie Menschen in Zeiten des Coronavirus Diskriminierung erfahren
抄訳。
Verena M.(仮名)は妹とスイスのLenzerheideで、レストランに行きたかったが、入口のところでどうやら歓迎されていないとわかった。「10人の若い男がこちらを見ており、ひとりが顔をそむけてことさらに咳をした。他の者もそれを真似た」「とても嫌な思いをし、外の席を探さなければいけなかった」とVerenaは話した。
Verenaの家族はSt. Gallenに住んでいて、Verenaは23歳で中国とベトナムをルーツにもつ。彼女の母と親類と電車の中で、向かいにいる二人の若い男に何度も「チンチャンチョン、コロナウィルス」のようなことを言われた。駅員に通報しようかと思ったほどだったという。「二人の男が降りるとき、バカにしたことを言う前にちゃんとした中国語を勉強したら?と言ってやればよかったと私は思った。」
Sang-Min Doは親が韓国出身でハンブルクで生まれた。彼が同じくアジア系の友人たちと地下鉄に乗っていると二人の若い男が「コロナ!コロナ!」と声をかけてきて携帯のカメラで撮影してきたという。そのあと友人らとその男たちと話をして、「彼らは攻撃的で分別がないことがわかった。理性をもって話していなかった」という。なぜあんな態度をとったのかという問いに男は「面白いと思ったんだ。それにまじめな話、あの人たちはみんなコウモリ食べてるから死んじゃうよ」と答えた。Doと友人らはその発言のため落ち着きを失い「まったく不愉快」になった。その加害者たち自身も移民の背景をもっていたそうだ。彼らの行動は他の人の憎悪を引き継いだもので「憎悪の連鎖」があるのだとDoは言う。
Frank Karindaは、シュトゥットガルトの近くで妻を待ち、息子と遊んでいた。老紳士の集団が彼の方を見てきて話した。その一人が「おや、コロナ風のやつがいるぞ」と言った。彼は苛ついて、それから言い返した。「で、他に何か問題あるか?」と男たちの方に尋ねた。彼らは無視した。あとになってから彼は「ナチス風のやつ」と言ってやればよかったなと思いついた。彼はそれほど不機嫌にはならなかったそうだが妻はもっとショックを受けていたという。
スイスやドイツにはレイシズムを取り締まる法律もあるが犯罪にまでなるのは限られたケースだけのようだ。
レイシズムの罰則は強度の侵害からしか守ってくれない
社会的なネットワークの中で差別に気づくことは被害者を助けるひとつの方法だ。法的な手段もある。ドイツでは一般的な平等処遇法が12年前から不利な取り扱いをレイシズムの形態ごとに禁止している。スイスでは20年前からレイシズム罰則がある。
しかし何が罰せられるかは個々の事例に応じてさまざまに判断される。「レイシズム犯罪に該当するには、かなり強度の攻撃でなければいけません」と刑法教授のDaniel Jositschは説明する。
この罰則は特定の条件が必要で、レイシズム的な処遇や意見が公共の場で行われていなければいけない。さらに被害にあった人が低い価値の存在として扱われ、尊厳を傷つけられた場合に限る。そこで初めて法律が有効になる。
被害者を守るための手段は他にもある。スイスの警察署はそういった事案はできるだけすみやかに通報することを奨励している。「これは私たちの仕事です」とツーク州警察の広報は話す。
しかし実際にどれだけの通報があったのかは書かれていない。各州や組織にレイシズム相談機関もあるようだが、チューリッヒにはレイシズム相談所(Züras)には今のところ「コロナ差別」に関する問い合わせは寄せられていないという。
VerenaはSt. Gallen出身で「生まれ育った国で外見のために差別を受けるのはつらい」と語る。シュトゥットガルト出身のKarindaはアジア的な外見で差別されるのは慣れていると言う。彼はすでに何度も門番にディスコの入場を拒否されたり、警察に身分証の提示を求められたりしている。
ハンブルク出身のDoはこれらの議論全体を肯定的に捉えている。これまでアジア人に対する差別は優先順位の低い議題でしかなかった。「だから公にこれについて話し合われているのはいいことだよ」と言う。
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2020年5月のMatthias MeisnerによるTagesspiegel の記事。
タイトルは「アジア人への攻撃 連邦政府はコロナ・レイシズムを無視している」
04.05.2020 | 12:17 Uhr
Attacken gegen Asiaten
Bundesregierung ignoriert Corona-Rassismus
抄訳。
コロナレイシズムの被害者は、ドイツの政治風刺番組Heute Showで「Kung Flu」と罵られ、コロナウィルスの世界的な拡散の責任を着せられた。
カンフーとインフルエンザの英語の略語のフルを合わせたもの。
これ、ぼくもテレビで見てた。
コロナレイシズムは、パンデミックの期間には、ハーナウでのレイシズム的な連続殺人のあとの3月中旬に「極右とレイシズムとの戦いのため」任命された内閣の委員会にとっては非常に喫緊の議題だったはずだ。メルケル自身が議長を引き継ぎたかったが、副首相のOlaf Scholz (SPD)が代理した。
ハーナウで連続殺人?そんなのあったっけと思って検索してから思い出した。シーシャバーが襲撃された事件だ。こんな事件ばっかり起きては忘れ起きては忘れてをくり返している気がして恐ろしい。
ドイツの水たばこバーで連続銃撃、9人死亡 犯人は自殺 - BBC News ニュース
この事件のあとレイシズムと極右対策の委員会が作られ、そこでコロナ差別も扱われることが期待されていたが曖昧なまま終わったということである。
この象徴的な委員会が進められれば、コロナレイシズムは議長みずからが当たるべき議題だったはずだ。しかし、連邦議員のFiliz Polat (Grüne) とMartina Renner (Linke)の会議での質問に対して連邦政府の答えたところによると、重要な議題はならなかったようだ。
「この新しく設置された委員会は今このテーマにとりかかるべきだ」と緑の党のPolatは要求する。コロナウィルスもそれに伴うレイシズムも短期間で解決はできない。レイシズムとの戦いを議論のテーブルの下に隠す口実としてコロナを利用してはいけない。
Rennerは嘆く。「任命から2ヶ月近くたって委員会が何をすべきかはっきりしない」危機のさなかではレイシズムと右派のテロと戦うことが重要だという。「たとえばアジア人への人種差別的な攻撃や、Xデーに備える警察や連邦軍内の右派ネットワークは十分にその理由になる」
警察統計ではたったの6件
連邦政府があまり策を講じていないことは、これまでコロナレイシズムについて多くを知らないこと、あるいは知ろうとしていなかったこととも関係しているかもしれない。Tagesspiegelには内務大臣の回答がさらに発表されている。それによると、4月23日時点で統計には、アジア出身やアジア人の外見の人へのコロナ危機と関連した政治的な動機の犯罪は6件が把握されていて、うち5件は右翼過激派界隈の犯人によるものだった。1つは違憲的な組織の標章の使用、3つは民衆扇動、2つは侮辱に関するものだった。
この情報によると「コロナというドイツ全体で有効な分類項目」が統計にはないため、データは不完全だ。内務省は「これまで知られている犯行の数をもとにしつつ、この件数が暫定的なものであることを考慮して、現時点ではCovid-19パンデミックを背景としたアジア出身の人への憎悪犯罪が増えている可能性について声明は出せない」と書いている。
Polatはこの回答を踏まえ「公示の宣誓」について話し、どうやら連邦政府はコロナ危機と関連した憎悪犯罪に関する根拠のあるデータを持っていないようだ、と述べている。「この調査結果では政府はこの形式の憎悪犯罪の増加をまったく把握できず対策もとれない。しかし私たちは信頼性の高いデータがこのような形式のレイシズムと戦うためには必要だ」
子どもが「ウィルス」や「コロナ」と呼ばれたこの問題がさらに大きな側面をもっていることが別の調査からわかった。ドイツの反差別機関には、コロナ危機に関する差別とレイシズムの事件の問い合わせが4月の初めには55件、1月には1件、2月に32件、3月に23件あった。
被害者相談所協会のVBRGはTagesspiegelがもつ国内の統計の130以上もの件で、以下のものよりショッキングなものも提示している。子どもが「ウィルス」や「コロナ」と呼ばれたことや、バーデン・ヴュルテンベルクやライプツィヒのアジアンレストランで鉤十字が落書きされたことなどだ。中国人は暴力を振るわれたり、「不潔な小包」と呼ばれたりした。
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2つ目の記事でハンブルク出身のDoさんが、これまではアジア人への差別があまり注目されてこなかったと話していたが、たしかにその通りだろう。ふだんドイツ語でアジア人差別について検索してもほとんど記事は出て来ないが、コロナの時期にはどれを読んでいいか迷うほどヒットした。
今は特別アジアだけに拡大しているわけでもないのでコロナ差別も落ち着いたかもしれない。
一方で日本ではCovid-19をことさら武漢肺炎と呼びたがる人がおり、ウィルスと国籍を結びつけて憎悪する風潮にはまだ警戒しないといけない。
ヨーロッパでのコロナ差別について日本人が考える上でも、「中国人でもないのに」差別されるとか、「日本人も」差別されるとかいう発想はズレていると思う。対立や差別などの政治的要因より以前に人間に明確なサブカテゴリがあるわけではない。われわれアジア人がひとまとめに差別されているのだから、それを自認してその単位で連帯すべきだろう。
5月になってからドイツでもまたレストランが営業を始め、ぼくも仕事を再開した。
仕事に向かう道中、前を歩くブルカをした女性の集団がいた。彼女らはブルカの布をマスクに使っている。そのうちの一人に声をかけられた。
「あなた、韓国人?」
そう質問されたので、ぼくはちょっと緊張しながら答えた。
「いえ、日本人です」
「そう。注文のこと聞きたかったんだけど。ま、とにかくありがとう」
そう言って彼女はグループに戻っていった。連れだって、韓国料理店に行くのだろう。久々に外食できるようになりふだんと違う食事を楽しむ人が多いようだ。
感染の第二波がいつ来るかはわからないが、この街も今しばらくは休戦のひとときを過ごしている。