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論文紹介: 西欧家庭での移民女性によるケア労働 スイスの場合

西欧では女性の就業率が高まったことで、それまで家庭でケアを担っていた女性が働きに出たため介護や育児などのケア労働をする人が足りなくなった。

それに加えて、高齢化や、福祉国家の転換による支出の削減などでケア労働力の需要はますます高まった。

こういった背景から、比較的貧しい東欧や非EUの女性が西欧の家庭に雇われて、ときに非合法に、ケア労働を引き受けている。

以前このブログではドイツとオーストリアについてこの移民労働者の状況とそれをめぐる言説を見てきた。(このブログの「移民」タグ参照)今回はスイスについて論文を紹介する。EUでは多くの加盟国の国民がEU内を自由に行き来でき、自由に働ける。そしてこの自由交通権の対象範囲は拡大しつつある。

スイスはEU加盟国ではないがEU内の自由交通についてはドイツと同じように認められており、東欧諸国もふくめ、スイスへの入国や就労が自由に認められる国の範囲も拡大している。

 

Transnationale Care-Arbeit: Osteuropäische Pendelmigrantinnen in 

Privathaushalten von Pflegebedürftigen

Sarah Schilliger

(国をまたぐケア労働: 要介護者のいる私的な家庭での東欧振り子移民女性

Sarah Schilliger)

 

この論文は2013年のSarah Schilligerによるものである。

2011年、とくにEU内の自由移動権が拡大した2011年1月からスイスでもメディアなどで家庭で低賃金で働く移民女性が話題になったという。振り子移民というのは、完全な移住を前提とせず、2週間から3ヶ月からの間西欧の家庭で働いてから出身国に戻り、また西欧の同じ家庭に働きに来る、振り子のように行ったり来たりをくりかえす移民労働者である。これを主に自由交通権の範囲になった東欧の女性が行っているという。

メディアの論調は、労働が違法であることを告発するものと、高齢世帯にとっても移民労働者にとっても利益になるWin-Winの解決策だと褒めるものとに分かれたそうだ。

 

「スイスでは東欧女性が不当な低賃金で家庭ケア要員として働いている」(NZZ am Sonntag, 13. März 2011)。「窮地のなか違法な天使が増加」(Appenzeller Zeitung, 28. Februar 2011)。「見習いで時給3フラン: 今、不当低賃金のケア要員女性が到来」(Blick, 22.07.2011)。

 

たとえば2011年7月27日のNZZでは認知症の人を介護するポーランド出身の女性が紹介され、そこで「仕事をとおして第二の家族を見つけ」、「スイスの新しい家族は居心地がいい」とされた。

 

いくつかのメディア報道ではスイスの家庭で主に違法で働く東欧女性が約3万人いるという数字が周知された(たとえば Rundschau auf SF1, 29. Juni 20111)。この評価は高くみつもりすぎだろう。

東欧女性の家庭での労働がじっさいどれくらい増えたのかについて確かな数字はないが、議論が活発になったことや、巡回看護師が家庭で東欧女性をよく見かけるようなったこと、派遣会社が増えたことなどから、スイスでも増加しているのは確かだとしている。

 

 

増加する私的な家庭でのケア市場の社会的、政治的背景

まず筆者は移民ケア労働者が増加した背景について論じている。背景として、福祉国家の転換、家族構造やジェンダー関係の変化、ケアセクターの民営化、高齢化、EUの自由交通権を挙げている。

福祉国家の転換というのは、高齢化で長期入院する高齢者が増え医療費がかさんだことで、社会福祉や医療の支出削減が喫緊の課題になったことによる政策の転換である。日本でも同様の転換があり、2000年から介護保険制度が施行されている。スイスではその過程で民間の介護セクターが増えたようだ。

 

製造業とちがって介護や世話の労働は、賃金の安い国に場所を移したり、切り詰めて短期化したりはできない(Madörin, 2007)。したがってネオリベラリズム構造改革の枠組みで、合理化措置としていくつかの国でケアの仕組みはますます民間の人員に「アウトソーシング」され、しばしば公的な助成金も削減された。公的財政によるケア部門が少なくなるほど民間の供給の需要は大きくなる(van Hooren, 2012, 144)。民間の(多くは営利の)セクターによる介護や家事サービスの割合が増えると、グレーな市場にある私的な家庭内の労働関係の特殊な形式が形成される。その多くは低賃金で不安定で、たいていは移民女性が行なっている。

 

しかし、この民間のケア分配の増加はどこでも同じように広まったわけではない。高齢者介護の供給の組織化に関してかんたんに3種類の福祉国家ジームの間で区別することができる(van Hooren, 2012, 142):

エスピン=アンデルセン福祉レジーム論というのがある。

福祉国家の発展を自由主義ジーム(アメリカ合衆国など)、保守主義ジーム(大陸ヨーロッパ)、社会民主主義ジーム(北欧)の3類型に分けたものだ。この説に対してフェミニストから家庭でのケア労働が反映されていないと反論があり、またイタリアやスペインなど南欧はこの3つに分類できない「家族主義レジーム」なのではないかという反論もあった。それを受けてアンデルセン自身も理論に修正を加えている。

この論文では自由主義ジーム、家族主義レジーム、社会民主主義ジームの3分類を使っている。

つまり、ケア労働そのものは家庭にゆだねて、国はケア費用を助成するという形を家族主義レジームとして、南欧タイプと中欧タイプを区別していない。

(日本も家族主義レジームだと言われている。『家族主義福祉レジームの再編とジェンダー政治』辻由希 著がすごくクリアで分かりやすいのでオススメ。ケア労働をどう分配すべきかという観点から、日本の政局と福祉政策の動きが分析されている。)

 

これらの分類で見るとスイスはかなり特殊なようだ。GDPあたりの長期介護の支出のグラフが載っているが、北欧やオランダなみの高さで世界有数の高福祉と言ってよい。しかしその内訳を見ると民間の支出が半分以上で、この割合は自由主義ジームの代表のようなアメリカよりも大きい。医療や看護サービスは主に公費で賄われているらしく、その他の福祉や介護分野への民間企業の参入が多いという特徴がわかる。

スイスでも、介護は家族がするものという規範がまだ根強く、介護をしているのは男性より女性が多いということも触れられている。しかし民間企業を介して移民女性に介護を任せる人が増えている。筆者はその背景について論じている。

 

一つは女性の就業率の増加である。

 

女性の就業率は過去数年でかなり増加した。スイスはヨーロッパ内の比較でも女性就業率が高く、15歳から64歳の女性の76.5%は有償の仕事に就いている(BFS, 2012)。

 

育児の場合と同じように親族の世話でも介護の不足のさいに就業の仕事量を減らすのはたいてい女性で、介護をする親族の定量的なアンケート調査でも親を介護する女性の57%が介護の状況で仕事量を減らす必要があったと答え、16%が仕事を完全にやめなければいけなかったと報告した(Perrig-Chiello et al., 2010, 25)。

 

また介護の民営化や合理化である。上述のようにスイスは介護業界への民間企業の参入が多い。

スイスはとりわけ高齢者介護と健康の領域において「民間福祉国家」である(Streckeisen, 2010)。これは民間の営利目的の介護サービス提供者にとって理想的なお膳立てになる。

 

他の背景は、在宅介護の需要が高まっていることと高齢化である。これは他の先進国でも同様だろう。

スイスでパートタイムの人員投入には住み込みの介護女性が動員されるが、それは代理店のマネージャーが説明するようにもっぱら振り子移民女性である。

「24時間介護にはスイス人女性はいません。それらは介護の必要な人の家庭で生活しいつもそこにいなければいけません。そしてスイス人女性はその仕事をしません。しかもその仕事はたくさん稼げるというわけではありませんし、スイス人女性はそのために働きたくはないのです。これはたしかです。」

 

スイスの要介護者の家庭に住んで働く移民女性は主に東欧出身で、とくにポーランドハンガリーリトアニアスロバキア、そしてまたドイツ出身の人もいる。したがって通常はEU25ヶ国の市民である。多くは、子どもが青年か成人になっている45歳以上の女性が関わっている。高い失業率と低賃金のため西欧で仕事を探していて、家族を養い子どもに職業教育を受けさせるために働く、高度な資格をもつ女性も珍しくない。しかしスイスでは彼女の職業資格は問題にされず、女性として生まれもったとされる別の能力が求められる。つまり、いわゆるケア労働の能力であり、高齢の要介護者を世話したり料理や掃除、洗濯をする能力だ。

女性としての性質だとされることを求められながら、自分で子どもを生み育てることは期待されておらず、移民労働のために自分の家庭でのケア労働をする機会を失っている、という状況が読み取れる。

以下では24時間介護の仕事の現状と法的な問題が論じられている。家庭でのケア労働は看護や医療行為以外の生活全般の世話である。

明確な業務一覧はないことが多く、仕事と休憩時間の境目があいまいで、24時間必要に応じて呼び出されるそうだ。

 

たとえば車椅子の患者との散歩が代理店マネージャーの報告では介護サービスに数えられておらず自由時間と記帳されている。また食事介助が要る認知症患者との場合でも、いっしょに食事する時間が仕事とみなされていない。

給与は低く、社会保障も不安定だ。

この職は大部分の場合は期限付きか一定期間の雇用で、それに応じて解雇予告期限は短い(2日から7日前に通告)。

 

ケア移民女性は、給料の不足以上に、夜の休息時間の少なさに不満を述べている。

 

プライベート空間の少なさ、社会的孤立と心理的な過剰負担:

 

…専門的な支援を受けていない介護者はとりわけ重度の要介護事例(進行した認知症など)で精神的に限界に達しているか過剰負担になる。

 

3.2 法的なグレーゾーン

 

さいきん合法化された、家庭での高齢者介護の新しい労働市場のための法的枠組み条件は複雑で欠けているところもあり、そのぶん労働契約は広範囲にわたって調整されていない。

 

派遣したときの指示権: スイスの派遣法ではスイス以外のヨーロッパの会社からスイスに従業員を送ることができる。調査された代理店の多く(とくに安くサービス提供しているところ)は派遣法にもとづいている。

この法律にもとづいている場合、従業員に対する現場での指示は派遣した会社がしないといけないが実際には家庭の要介護者や親族がしているそうだ。会社が指示をしない場合、人材貸与にあたり、これは国外の会社には認められておらず違法になるという。

みなし自営業: いくつかの企業は自営業者を家庭に斡旋している。しかしケア労働者は1つの家庭でのみ仕事し、一人の雇用者がいるだけなので、この形態もやはり規則外である。

 

在留法: 国境往来許可をもって活動するケア労働者もいる。これは毎週故郷の国の居住地に帰ることを想定したもので、通常の振り子移民の2週間から3ヶ月の行き来のリズムで実施されるものではない。他の代理店は法的に無許可でできる年間90日営業日を越えていて、それ以上の期間雇用するための許可を申請していない。

 

長すぎる労働時間と夜間の待機時間: 私的な家庭の職場は労働法の対象にならないので、労働法に定められた最大労働時間と夜間労働に関する規定は適用されない。

 

給料の計算: 2011年1月1日に公布された家事のための国の通常労働契約(NAV)では労働時間は定められておらず、最低賃金だけ決められている。

待機時間の給料を支払っていない会社が多いという。

たいていのケア労働者は1日に5〜8時間分しか給料をもらっていない。有効な労働時間と同席時間にもとづいて給料を計算すれば多く企業はNAVの定める最低賃金を大きく下回る。

 

3.3 斡旋代理店と介護企業の論理

ポーランド出身の支援員女性は安いだけではなく、あなたと同じ屋根の下で暮らすのでをよりよくお世話できます。思いやりがあり、心暖かく、愛に満ちていることが彼女らの本質です」(www.gute-wesen.de)。スイスとドイツで24時間介護サービスを提供する斡旋代理店のGute Wesenはそう宣伝している。代理店と介護企業は伝統的な家族の価値を売り込み、高齢者介護の女性は(福祉的権利と社会的地位をもった)「労働者」としてよりも、「お手伝いさん」、「善き存在」、「家族の働き者」として描写される。単に性別が女性の介護員ではなく、特定の故郷をもつ女性が重要にある。そこで介護企業は民族的なステレオタイプを利用し、ポーランドの女性はとくべつに思いやりがあり、心暖かく、控えめで働き者で恩を忘れないものとして表現される。ポーランド女性がしばしば日常でもカトリック教徒であることも隣人愛と道徳性の証拠のように肯定的に言及される。またこれは、宗教的な背景がキリスト教にある肌の白いヨーロッパ女性は馴染みがうすくないというメッセージでもある。主に45歳以上の女性が働いていることを、インタヴューを受けた社長は「年配の女性はもう性的に活発ではない」ため利点として見ている。彼は若い女性と区別して年配の母親たちは外出する欲求が少なく、ずっと家庭に残って働けると考えている。

 

多くの介護企業はこの家族モデルと人との関わりの論理をよりどころとして、合理化と効率化の圧力が強く、個別ニーズに対応がしにくい公的施設による在宅医療と差別化をはかる。

 

4 まとめと展望

 

外国の家庭への出発で女性たちは一時家族のもとを離れ、その家族の世話を今度はどうにかしなければいけなくなり、親戚か隣人か、さらに貧しい境遇の女性や別の国からの女性が業務を引き継ぐ。このように、アメリカの社会学者のArlie Hochschild (2001)が「グローバルケアチェーン」と名づけたようなグローバルな依存が起こる。これはグローバルな生産の鎖と同じように大陸全体にまたがることもある。ケアの鎖という比喩は、原料の代わりに福祉財、つまり感情労働が北側の国々に横領されるような植民地主義を暗示している。その地域へのアウトソーシングを犠牲にして、西欧のケア危機が防がれている(Widding et al., 2009)。

筆者は、移民労働者の労働力がスイスで使用され、労働力の回復は故郷の国でなされる体制があるという。

東欧の移民女性をスイスに斡旋しているある代理店のマネージャーの話では、認知症患者のいる家庭での2、3ヶ月のフル稼働のあと女性たちは「パワーを出し切って」いて、故郷の国の家族のところで回復しなければいけないという。

また社会保障職業訓練のコストもスイスでは保障されず故郷の国任せになっているという。

 

最後に政策についての展望を書いている。筆者は、不安定で低賃金の24時間介護は規制を強化すべきだと提言している。家庭での労働も労働法の対象にして、見逃されやすいぶん、しっかり監視が必要だとする。また公的なケアセクターならば違法労働を減らせるし、それは財政的にも可能だと言う。

家庭を労働法の対象下にする要請は国際レベルでドメスティック・ワーカー・ネットワーク(International Domestic Workers Network, IDWN)も行っている。この自主組織のネットワークの枠組みで世界中の家庭労働者はここ数年、家庭労働者の権利のためのILO条約の採決に尽力した。これは2011年6月にジュネーブでの第100回ILO総会で採択されもので、グローバルに適用できる家庭での最低基準を求める闘争の大きな成果だと見なされている。このILO条約第189号で、家庭労働者が初めて国際的に権利を定められた就労者だと認められ、それによって他の被雇用者と同等になった。定められているのはたとえば、最低余暇時間(7日以内にまとまった24時間)、残業の補填や最低賃金の遵守である。さらに大事な点は被雇用者への権利と枠組み条件についての啓発と情報提供である。このILO条約はいくつかの国で批准され、ゆくゆくは施行される。

この論文は2013年のものだが、この条約はスイスでも批准され2014年に施行されている。なので上記のような家庭労働者の労働時間に法的規制がないという状況は、今は改善されている。

 

24時間介護での労働条件や介護関係の質を良くするためさらに必要なことは、双方が法的・専門的相談のために利用できるような連絡先の作成である(親族、要介護者、ケア労働者の案内役)。そのときの相談は多様な言語で電話と現場で行われるのがよい。さらに書面の情報資料の配布と情報ウェブサイトの開設を手配すべきだ。理想的にはこの連絡先からソーシャルスペースが発展するといい。そこではケア労働者同士が会い、ネットワークを作り、やりとりをし、またそれによって家庭でずっと孤立するのを避けられる。また資格取得支援制度や言語教室についても考えるべきだ。規制と同じように重要なのは労働者の権利の定着と連絡網の確立であり、また同様に欠かせないのは、性差間と国際的な労働分配を再生産する家庭での隔離された労働セクターの存在と拡大についての社会の基本的な議論である。

家庭セクターで「ふさわしい」労働条件が勝ち取られれても、それは依然として豊かな国と貧しい国、男性と女性、家庭の資金源の差の間での社会的な不平等をくりかえす場であり続ける。問題は複雑で、単独で考えることはできず、福祉政策や保健政策と移民、労働、ジェンダー政策にも影響する。したがってこんにちでは、一般には「私的なこと」と見なされている家庭でのケア労働の領域を政治的な検討と展開の対象にすることが切に必要である。最終的に問題になるのは、どうすれば私たちが不平等に基づかない社会で老後を良好に尊厳をもって送れるかの理想とユートピアを発展させることである。