熊谷高幸さんの『「心の理論」テストはほんとうは何を測っているのか -子どもが行動シナリオに気づくとき』を読んだ。
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心の理論テスト
心の理論とは、自分や他人には心の働きがあることを前提にしてその行動を予測したり説明したりできるようになる能力のことである。
ヒトを含めた動物は、環境の中での出来事によりうまく対処するために脳を進化させた。外界の事象を予測できればそれだけ生存や繁殖に有利だからだ。環境内の事象の中でも同種の他個体のふるまいは、とくに群れで生活する動物にとって重要だ。他者や自分の行動を理解し、予測したり調整したりするための機能として進化した理論モデルが心というわけだ。
この能力があるかどうかは、サリーアン課題と呼ばれる課題で測定できるとされている。
この課題のなかの物語では、サリーという子がビー玉をかごにしまって出かける。その間にアンがビー玉をかごから箱に移す。そして「戻ってきたサリーはビー玉を求めてかごを見るか、箱を見るか」と質問するテストだ。
思い違いにもとづいたサリーの行動を予測できるか、を問うことで現実とは異なる心の中を理解しているかを調べている。
このテストは自閉症のある子どもが通過しにくいことが知られており、自閉症を社会認知の困難から説明するさいによく参照される。
筆者の熊谷高幸さんは、このサリーアン課題が子どもに対して実施されているじっさいの場面に注目する。そしてそこに課題を出す検査者の大人(と多くの場合もうひとり記録者の大人)がいることを指摘する。人の行動を理解する能力はまず検査者に対してはたらいているはずだ。たとえ不正解でも検査者の指示にしたがって質問に答えているなら、二者関係での意図理解はできていると著者は評価する。さらに著者は、第三者であるサリーの行動の捉え方もこの複数人がいる文脈において考える。
子どもがふだん生活している保育園ではルールがあり、先生である大人の言うことに従って行動する。心の理論テストの場面で言えば、検査者が言うことを聞くべき大人で、サリーはそのルールから逸脱した人である。検査者を含め、サリー以外の人はビー玉の位置が移動しているのを知っているので、子どもにはそちらに合わせて回答するというバイアスが存在するということだ。
子どもはまず、保育園で日々のスケジュールにそった集団生活をするなかで、場面ごとの行動の行程(スプリクト)を学ぶ。他の子どもを見てスクリプトが共有されていることを知り、そのあとスケジュールが遅れている子、先走っている子などの多様性に注目できるようになる。著者は、そういうスクリプトへの気づきが他者理解のもとになっていると考えているようだ。
著者は新しい心の理論課題として、遠足課題というのを考案している。サリーアン課題と似た、予期せぬ移動の理解を問うテストだ。その中では、遠足のバスに乗る前に部屋でみんなで待っている。そのときに1人がトイレに行く。その子が部屋を出ている間に、他のみんなはバスに乗り込む。「トイレを終えたその子は部屋かバスどちらに行くか」という問題だ。
この課題だと、行動の行程と逸脱者への注目というかたちでとらえやすい。これはサリーアン課題より正答率が低かったらしい。遠足課題を変更して自分のリュックサックを取りにいったん部屋へ行く流れにすると、この正答率は顕著に上がったそうだ。
ぼくも大学と大学院で自閉症の子どもや心の理論の研究をやっていたので、かなり興味深く読んだ。
他者の心の表象とか誤信念の理解というと抽象的な認識論のように考えてしまいがちだが、こうして保育園の生活の場に則して子どもの発達を見ると社会性の活き活きした学びの過程が見えてくる。とくに集団行動のルールと逸脱者への視点という誤信念課題のとらえ直しはオリジナリティがあり、含蓄も深い。
リュックサックを部屋に取りに行くというバージョンの遠足課題については、すでに誤信念課題ではなくっているのでは?という疑問がわいたが(予期せぬ移動があってもなくてもすべき行動が変わらないため)、さまざまなスクリプトの丁寧な理解が他者理解を形作っているという立場からはこれも心の理論テストに含めるということなのだろう。
たしかに他者の誤信念の理解だけが心の理論ではない。心の理論は大人になるまで発達を続けるのでもっと高次のものもあるし、もっとも簡単な視点取得もある。どの次点で定型発達の大人がイメージするような心の概念(他者の内なる信念や感情、思考などの表象)を獲得するのかはわからないが、心の理論の発達のはじめのうちは、いくつもの具体的な場面での行動理解の寄せ集めのようなものなのかもしれない。
日本人と「心の理論」
この著作のなかで熊谷高幸さんは、日本の子どもではサリーアン課題の達成が欧米より遅いという問題も扱っている。欧米では4,5歳で通過するとされているが、日本では6,7歳という報告もあるらしい。
このトピックが興味深かったのでくわしく考察したい。
心の理論は、ヒトという種の知能について研究するなかで生まれた概念だ。だから能力それ自体は種に普遍的で大きな文化差はないはずだと仮定されている。なのでこれほど獲得年齢が異なるのは不思議なのだ。
日本人と心の理論についての過去の研究はシロッコさんのブログで紹介されているのを見つけた。
【心の理論】なぜ日本人は「サリーとアン課題」の成績が悪いのか - シロッコの青空ぶろぐ
熊谷さんはこれもスクリプトの考え方と保育園の実情から説明している。簡単に言うと、日本の保育園では先生の指示にしたがってみんなで同じ行動をする傾向が強く、課題の場面でも検査者となる大人の考えに準じて「正解」を出そうとするほうにより強くバイアスがかかるということらしい。そしてこうした文化には逸脱者を認めないといったマイナスの面もあるという。
(この成績の地域差は、自閉症の人で達成が遅れることとはまったく背景が異なる。自閉症の人の場合、事実や規則に対してこだわりがあることが原因のひとつになっている。)
熊谷さんは欧米の保育園について直接調べているわけではないようだし、引用している日本人論が古いのも気になるが、日本の保育現場の観察とスクリプトを用いた心の理論の説明には説得力がある。
論考では、70年代に流行った日本人論が引用されているが、これらの文化論には反論もあったようだ。
『日本人論に関する12章』杉本 良夫 | 筑摩書房
『「集団主義」という錯覚 日本人論の思い違いとその由来』 高野 陽太郎 著
ぼくはさいきん、ここドイツで子どもを保育園に送り迎えしている。まだ日本の保育園と大きな違いは感じていないが、「小さいおもちゃなら私物でも持ってきてよい」と言われている。日本だと「他のお友だちが欲しがるからおうちに置いてこようね」と言われるはずだ。そこからはたしかに欧米のほうが集団的なバイアスが少ないのかもしれないと感じる。
日本人論は何が正しいのかよくわからない。都会と田舎でも違うだろうし、世代によっても異なるだろう。人間の生まれもった性質は一万年かそこらで大きく変わることはないだろうけれど、一方で文化的な環境の影響を受けて人間の行動が変わることも否定できない。
気になるのはそれがどれくらい強固な違いなのか、という点だ。つまり、その場での行動のルールやちょっとした表現の様式が違うだけなのか、それともRとLの発音がなかなか聞き取れないように訓練しないと変えられないものなのか。
たとえば、マシュマロテストという課題にも日米の差があると言われている。これは文化的な習慣が生んだ差だとわかっている。
マシュマロテストというのは、ひとつのマシュマロを食べるのを我慢できたらあとでもうひとつもらえるというテストだ。日本の子どもはアメリカの子どもよりマシュマロを食べずに我慢できる子が多かった。これはみんなそろって「いただきます」をする日本の習慣によるもので、プレゼントを開けるのを我慢するテストに変えると成績が逆転するという。アメリカではクリスマスツリーの下にプレゼントを置いて当日まで開けないで待つ習慣があるからだそうだ。
子どもの満足遅延を習慣が支える―マシュマロとプレゼント、長く「待てる」のはどっち?― | 京都大学
品を変えるだけで逆転するこのような成績の差は、能力やその発達とは関係が薄く、表面的な行動様式の違いにすぎないように思える。
では、日本の子どもで欧米より心の理論テストの通過が遅いことは、どのくらい頑強な違いなのだろうか。その後の人生に影響はあるのだろうか。日本の保育園のような文化的な環境の特徴は、小学校、大学、労働環境にも及んでいるのだろうか。このあたりは何ともわからない。
だからこの地域差にどれだけの意味があるかもぼくにはわからないのだが、このテスト成績と熊谷さんの解釈からはどうしても日本の公共意識の問題を連想してしまう。日本人には「みんなから外れた者に冷淡」という特徴があることは日本で政治に関心がある人にはわりと共有されているように思うし、以下のようなショッキングな調査結果もある。
なぜ日本人の3人に1人は「自力で生活できない人を政府が助ける責任はない」と考えるのか | ガジェット通信 GetNews
世界人助け指数ワースト2位。なぜ日本は寄付文化が広まらない? | 日本財団ジャーナル
寄付や公的扶助を必要とする状況にある人々は、みんなが歩くべき道から外れた人だと見なされ、共感や配慮の外に除けられてしまうのだろうか。
この冷淡さと心の理論テスト成績に関係があったとしてもそれは保育園だけの問題ではないだろう。むしろ日本社会全体の傾向が保育園にも表れているという可能性のほうがありうる。
寄付や公的扶助への日本人の無関心は歴史的にはいつからあるのだろう。どれくらい根深いものなのだろうか。この意識は、RとLの発音みたいに長い訓練の末にしか獲得できない能力なのだろうか。それとも服の流行のように政治の風潮が変わればガラリと色合いを変えるものなのだろうか。政治についての先行きは暗いけれども。
信仰と荒野に立つこと
熊谷さんの著作にあった心の理論テストのスクリプト(行動の行程)にもとづく分析から連想したことをもうひとつ書きたい。
ここから示唆されるのは、集団の成員みんなが同じ行動のスケジュールに沿っている限りは個人の心の中はとりたてて問題にならないということだ。逸脱する人が出てきてその人に注意を向けたり、自分自身がスクリプトの外に出て集団を眺めたときに初めて個の内面が強く意識される。こうしたことは、すでに心の理論を身につけているはずの大人にも多かれ少なかれ当てはまるのかもしれない。
ところで、日本人は無宗教と言いながら神社に詣でたり僧侶を呼んで葬式をしたりクリスマスまで祝う、とよく言われる。一見矛盾に見えるが、ここで見落とされているのは、日本に限らず古来から、宗教に大きく二つの側面があることだ。共同体を結びつける儀式や生活のモラルとしての側面と、個人の内面の信仰としての側面だ。
『レリギオ:〈宗教〉の起源と変容』儀式と信仰、どちらからはじまった? - HONZ
↑ここで紹介されている本によると宗教という意味のReligionの語源であるラテン語のReligioという言葉は「つながり」を意味していた。そして、婚姻関係などを結ぶ儀式を指していたらしい。のちに歴史のなかで宗教は儀式中心から信仰中心のあり方に変貌を遂げ、聖アウグスティヌスがReligioを「神へのむすびつき」つまり信仰と再解釈したという。
すでに信仰としての宗教が浸透していた17世紀に哲学者のジャン・ロックが宗教を「精神がない的にそして完全に納得するという点にあり、信じることがなければ信仰は信仰ではない」という見解をいち早く示したが、この見解に対してフランスの宗教哲学者は印象深い感想を残している。
“これはわれわれにとってはとても陳腐な考え方だが、ギリシアの思想家やケチャ族の祭司がこれを聞いても、おそらく何一つ理解できなかっただろう”
つまり、古代には宗教は血縁関係や婚姻関係や定住する場所や耕作の行為に、あるいは、人間相互の絆を創出する諸々の具体的な行為のうちにあり、精神の内面という抽象的な場所に宗教は存在していなかったのである。古代の「つながり」は精神的なものではなく、現場・現物・現実にある具体的なものであった。
近代の個人主義以前には内面の信仰は一般的ではかったようだが、古代にもユダヤ教でもキリスト教でも信仰者はいただろうし、とくに名を残している聖人は大きな信仰をもっていたに違いない。
儀式としての宗教ではない信仰を究める人は、しばしば世俗から距離を置く。荒野に出たり、洞窟に隠棲したり、山籠りをしたり、ときに仲間だけで修道院や寺で生活する。喧騒を離れて、世俗での生業を捨てて自給自足や托鉢に頼る。個人の精神や、それにとどまらない普遍的な価値に向き合うためには集団が共有するスクリプトを捨てなければならないのかもしれない。そうして修道生活に入った人々が、彼らだけで作った修道規則や戒律などの規則正しく厳格なスクリプトにそって生活しているのは興味深い。
キリスト教の最初期の修道者であるカイサリアのバシレイオスは、それまで巡礼者の宿泊施設だったホスピタリウムをらい病者や孤児や貧困者を収容保護する施設に変えて福祉事業を興した。スクリプトからの逸脱や逸脱者への注目はやはり、信仰だけでなく、社会からはみ出した弱者の視点を取り入れることに寄与するのかもしれない。