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記事紹介: アイデンティティ政治3つの元ネタ

アイデンティティ政治という概念はいくつか起源があるようだ。それについて解説した2018年10月1日の政治学者Thomas Meyerの記事を訳した。短くまとまっていて分かりやすい。

 

Identitätspolitik – worum es geht - Neue Gesellschaft Frankfurter Hefte

 

Identitätspolitik – worum es geht

Von Thomas Meyer

アイデンティティ政治 何が問題になっているのか

 

アイデンティティ政治」という概念は、ほとんど何もないところから、ちょっとの間に急に政治の議題のトップに躍り出るという経歴をたどった。この概念には3つの起源があり、今でもこの概念に含まれている3つの主な意味をもっている。それらすべてまとめると特定の集団への文化的な所属とその利益だけを代表する政治という概念である。この概念は、ひとつには他の集団に対する優位を得ようとする文化的なアイデンティティ集団の政治のことで、民族に基づく右派のアイデンティティ政治が明確にこれに当てはまる。しかしまたこの概念は、(同性愛者などの)文化的なマイノリティの平等を求める動きも指すので、基本的に多様な意味がついていてそれは使用される文脈の中で初めて解明される。しかしこの概念はあらゆる関連において、経済的、政治的な関心ではなく文化的な関心に力点を置くことで目を引く特徴をもつことになっている。アイデンティティ政治の争いは分配を勝ち取る戦いよりもまず承認を勝ち取る戦いになるが、現実にはこれら3つの次元が溶け合っていることが多い。アイデンティティは(結びつけることはできても)分割することはできないので、アイデンティティ政治はどの種類のものでも二極化し妥協を許さなくなりがちだ。

 

アイデンティティ政治という概念の3つの起源のうちひとつは、1989年にソヴィエト共産主義が崩壊したことで、失効した世界規模のイデオロギーの立場に対立軸として何が現れるのだろうかという議論が急に集中的に行われるようになったことである。アメリカの政治学フランシス・フクヤマの、今や「歴史の終わり」が到来しており自由主義資本主義は歴史の解けない謎であることがわかったという状況解釈は有名になったが、この説は長続きしないだろうということがすぐに明らかになった。その代わりに彼の同僚サミュエル・ハンチントンの説が、すぐに多くの人に知られるようになり、今でも多くの人に支持か少なくとも利用されている。彼の説によると、今始まったアイデンティティ政治の時代、つまり文明の衝突の中で、妥協できない宗教でかたまったアイデンティティの要請が大きな政治的争いの中心原因になるという。争いは第一にそれらを通じて分類された国々の間で、そしてそこから派生して、たいていは他国の内部のそれらに所属する集団間で起こる。

 

政治に関して21世紀は避けられない世界の文化衝突の時代になるだろう。なぜならそれら文化は多様な世界観の制約を超えて、人の共存においてけっきょくいつも重要になる中心問題で原則的に理解し合えないからだ。しかし文化に囲まれた人間にとっては文化は意味をもつと感じられる所属の最後の可能性であるという。私たちの世紀の終わりに初めて、このような望みのない状況になって、この解釈に似た状況になった。なぜならそれらは、文化を覆う大きなイデオロギー同士の衝突のあとで、初めてまったくむき出しで対立することになったからだと1993年の対話でハンチントンは述べている。気分や苛立ちや恐れ、予言を自分たちに都合よく利用する好機はかなりの程度それに合致した。


この観点から21世紀は文化闘争の闘技場になり、その性質上相互理解のチャンスを拒まれている文化覇権を求める者同士の決戦として、ありそうにない大きな世界大戦の最盛期を迎えるまで至るという(Huntington 1996)。世界は、あらゆる文化の中で権力を握っている原理主義の標的になる。これはもっとも有力なアイデンティティ政治の模範だ。文化はこの見方の中では互いに理解し合い分かり合うことができなくなるほど内部で多様なものになって、イデオロギーで取り繕うことも地理的距離で守られることもなくなる。イデオロギーの戦争のあとには文化の戦争が来る。それは初めは冷たい戦争であっても世界が気づかないうちに思ったより早く熱い戦争に移行しかねない。


近代世界にずっと不穏さが続くことを宣告する、グローバルなアイデンティティ政治の時代のモデルは、事実において適切でない場合でも現実を形作るあらゆる展望をもっていた。宗教、文化、政治のアイデンティティ実業家がすぐに乗り気になって自分たちの実践を正当化するためにこのモデルを受け継ぐ。そして他の多くの人はこのモデルが適切であるかのようにふるまう。なぜなら誰もが他の人の都合のいい実践をあてにして、いい助言を得たと考えるからだ。したがってここモデルは初めから世界中で自己成就する予言となる最良のチャンスがあった。それは、それに強いられた承認の争いが、社会経済的な階級闘争や他の分配の争いに覆いかぶさり圧倒する可能性を秘めていた。これは、あらゆる色合いの宗教的・政治的原理主義に典型的に見られ、イスラム原理主義だけでなく、米国で最も強力な政治的影響力のあるグループとなったプロテスタント原理主義にも見られる。これらすべての文化と宗教が基礎にあるアイデンティティ政治運動において政治権力を得るために宗教的伝統を政治利用することが問題になる。これはそれらが信仰の実践から政治イデオロギーに変遷するということだ。世界規模の比較研究によると、既知の宗教はどれもこのような仕方で政治の道具にされており、そのうちのどれかがもともと原理主義的というわけではない。


二番目に影響力が持続しているアイデンティティ政治の引用元は、フランスの知識人で活動家のアラン・ド・ブノワに作法を与えられた新右翼である。彼の考えが元になっているアイデンタリアン運動と政治の構想は、民族的に純粋で直接的な政治共同体を目指す国民計画である。民族多元主義というのはヨーロッパ中に広がっている右翼ポピュリズムイデオロギーであり、それが特定の民族文化として人種の純粋さの戒律を少し近代的な形にしてよみがえらせている。民族や諸国民の「混合」は、彼らの文化や社会的な結合が衰退した原因だとしている。他の文化からヨーロッパ諸国への移民の受け入れは、民族と文化の自己防衛のための自然権を侵害するだけでなく、移民自身も同様に民族と文化のアイデンティティが損なわれるとする。


一見するだけでもハンチントンの文化同士の衝突の理論と驚くほど近似が見られるこの「民族多元主義」という盲目的な国粋主義の考えは、新右翼によって「アイデンタリアン運動」としてヨーロッパで彼らの政治的な理想像にされた。政治的な信念と意図は両者の場合でまったく異なっているかもしれない。しかしそれらの帰結が収束し、政治上の効果が同じ印象を与えるのは偶然ではない。それらは本質主義的で自然主義的な文化概念から生じ、どちらも似たような考察を基礎においていて、これらの概念を実践的・政治的に使用すると、個々の論者がこの観点で何を政治的に望ましいと考えているのかにかかわらず同じ帰結をともなうのだ。


まず多様な文化は、右派の古い伝統の中の高級と低級の階級付けからは解放されている。これは極右思想のレパートリーを近代化して見せる一つのやり方である。それらの文化はそういうものとしてどんな内容でもまったく同価値であるとされる。さらに文化は自然のものとされ、その結果人間の文化の多様性は、自然の中の種や属のように自然の光を当てられ明確に区分けされたアイデンティティと差異のように見なされる。この論法の結果、人間の文化が文化のままで生物学的な過程のような形をとるため、ファシズム以後の時代にはタブーになっている生物学主義に立ち返る必要がなく、そういった仮定や意図や効果は自分にはないと主張しなくてもすむ。自然のものと見なし民族のものとすることにより、民族多元主義のラベルを貼った文化間の差異の絶対視がおのずと生じ、それらを混ぜ合わせようとすること、つまり実質的に変化させることは人間共同体の文化的生存条件の致命的な退廃のように見えてくる。


したがって文化の民族自然主義的な具体化が前提とされ、まさに文化の平等が「よその」文化は西洋に定着して広まるべきではないという急進的な要求の根拠になる。そしてこれはもちろん新右翼についての事の真相でもある。それらの文化の代表者たちは元いたところに帰るべきだとされるが、それは今はもう外国人を遠ざけるという「地元民」の利益のためだけではなく、彼ら自身の文化の利益と権利のためだとされる。一見すると平等志向の分離の正当化だが、光を当てるとすぐに古い人種差別的な国粋主義であることがわかる。


ヨーロッパの新右翼の思想の中で民族多元主義は、古いタイプの極右におけるあからさまな生物学主義的な人種差別とまったく同じ位置を占めている。しかし、民族多元主義のネオ人種差別の教義は支配や抹消の代わりに民族・文化が互いに分離することだけを要求することで、民主主義や人権と両立可能である印象を与えている。したがってアイデンティティ政治のこの右派の変種の基本原則はアパルトヘイトである。東欧の一連の国々、とくにポーランドハンガリーでの民族・文化を強調するアイデンティティ政治の台頭は少し弱まった形だがまさにこのパターンに従っている。


アイデンティティ政治概念の3つ目の源泉は他の2つとは反対に政治状況の左派の領域でもっとも激しく湧き出ている。これははじめはアメリカでもっとも盛んだったが今ではほとんど世界中に広がっている。そこで重要になるのは排除することではなく包摂である。60年代のマルチン・ルター・キングJr以来のアフリカ系アメリカ人の平等運動がこのタイプのアイデンティティ政治の標識灯となっているのは、この差別された大きな「民族的な」集団がアメリカ社会の主流に組み込まれることが重要になっているからに他ならない。世界のあらゆる地域で社会的・政治的な主流の中では排除されている文化的なマイノリティは増えつつあり、彼らの自信や平等と認められることのアイデンティティ政治は、アメリカの哲学者のジュディス・バトラーが非常に効果的な国際的参与をしたおかげで、根本的な衝撃と大きな注目を集めている。


文化的マイノリティの承認と権利のために左派あるいはリベラルのアイデンティティ運動がそのつど動員されるが、そこでは非常に多様だが、いつもまず第一に文化的に定義されていて社会的には定義されていない集団が重要になる。現在そこに含まれるのは、発展の段階やとくにそれぞれの国の特定の状況に応じ、アメリカインディアン、アフリカ系アメリカ人、ヒスパニック系アメリカ人、女性、ゲイ、レズビアントランスジェンダーインターセックスの人々、高齢者、ホームレス、元精神病患者、障害者などの民族的なマイノリティである。


左派のアイデンティティ政治で特徴的なのは、第一の矛先がはっきりと不利な立場にある集団の平等と解放に向いていて、原則として終結しない点である。なぜなら平等な地位が達成されるたびに必ず、まだ未解決の承認を求める要求が残っていることが明らかになるからだ。戦後の数十年に西洋世界で資本主義を飼いならすことに成功したように見えたがその後、アメリカと、のちにヨーロッパ各国で承認をめぐる戦いとしての左派アイデンティティ政治の議題と運動力は、古典的な左派の社会的・経済的分配の対立を凌いだようである。同性婚やそれに続いてすぐ同性愛者の養子受け入れが世論で議論され、それらは社会的な不平等や経済強者の制御よりも重要になっているようである。問題は、アイデンティティ政治の新しい議題に左派が固定しすぎていることがどのていど左派の弱体化やポピュリズム的な右派の強化の原因になっているかであり、それは現在リベラルや左派界隈の内部での激しい議論の争点になっている。

 

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上の記事で1つ目に紹介されているハンチントンアイデンティティ政治の概念についてはアマルティア・センが批判を加えていたと思う。下のブログ記事で読書案内がされていて分かりやすかったので貼っておく。

アマルティア・セン『アイデンティティと暴力』 - 西東京日記 IN はてな

 

 

 

2つ目に解説されているヨーロッパ新右翼アイデンティティ政治がよくこのブログで話題にしている問題と関わる。文化多元主義という名目で文化を本質的なものとみなし、文化が混ざらないよう守るというていで移民排斥を行うものだ。これは意外性があって巧妙だ。

文化の違いを尊重するつもりでけっきょくレイシズム的になるという例は以前他のところでも紹介していた。

論文紹介:移民相談所の性差別と人種差別

「異文化について理解しましょう」という題目がレイシズムをなくすのではなくむしろ強めてしまう場合があるらしい。文化の違いを固定したものと見なし、それに基づくレイシズムが行われている。それをÉtienne Balibarは「人種なきレイシズム」と呼んでいる(Balibar 1998: 28)。

これは右派の分離主義ではなく、移民統合を目指すソーシャルワーカーが陥りがちなレイシズムである。

想定された移民の異質性の強調が前面に出る一方で、構造的なレイシズムと「主流文化」(Rommelspacher 1995)の特権は問題にされないままに終わる。

 

 

3つ目の起源を広めたのはジュディス・バトラーらしいが、これだけは誰が言い出したアイデンティティ政治概念なのか書かれていなかった。これはたぶんフェミニスト学者バーバラ・スミスが考案したものだ。

バーバラ・スミス

3つ目のものは平等を目指しているのでまったく賛成できるが、それでもそれをアイデンティティと呼ぶことに少し違和感が残る。

 

 

たとえば、同性愛者に対して「四六時中性愛のことを考えている」とかバイセクシュアルの人に対して「性に奔放」といった偏見がある。これらは偏見なので、じっさいにはそんなことはない。パートナーがいない人でも、もう何年も恋愛していないという人でも、同性愛者は同性愛者であり、それは異性愛者と変わらない。

ある異性愛者が男好き/女好きであることを自らのアイデンティティだとして強調する場合、その人は恋多き女だったりドンファンだったりするだろう。

そのことと、同性愛者が権利運動で自分の属性を強調するのはまた違う文脈の話に思える。こちらは、ある属性が差別を受けているから、その社会的な状況に応える形で、該当する自分の属性のひとつを選び取って掲げることだ。足を踏まれている人は足の話をするだろうが、別にもともと足にこだわりがある人だとは限らない。

それを分けて考えたい。これはスピヴァクの「戦略的本質主義」という考え方が近いのかもしれない。

 

 

 

そう言えば最近、友人が書いた

元橋 利恵 著『母性の抑圧と抵抗――ケアの倫理を通して考える戦略的母性主義』

という本を読んだ。

母になると、育児の負担が大きいだけでなく、母であることを口実に社会から色々な理不尽を押しつけられる。だからフェミニズムはほんらい母であることを強調することに対して警戒しがちだ。

しかし、反原発反戦運動など母親としての政治活動は昔からとても盛んで、見過ごせない政治的意味がある。また育児やケアを建前上ジェンダーレスなものと表現するさいきんの風潮のせいで女性に負担がかかる構造も見えにくくされている。

こうしたことから著者は「戦略的母性主義」というのを提唱している。この戦略的というのも、社会的な状況に応える形で母である自分を選び取るというニュアンスだろうと思う。

 

 

 

 

記事紹介: アイデンティティ政治と東ドイツ

前回ここで紹介したSPDの政治家Wolfgang Thierseによるアイデンティティ政治批判にいくつもの反応&反論があったので紹介する。


記事紹介: ドイツのアイデンティティ政治をめぐって

https://ottimomusita.hatenablog.com/entry/2021/04/21/000102


Thierseはここで「アイデンティティ政治」の行き過ぎに警鐘を鳴らしている。右派のアイデンティティ政治は、不寛容や憎悪や暴力にまでいくことは批判しつつも国民の歴史や文化は重要だとしている。一方で、左派のアイデンティティ政治とされるマイノリティの権利擁護は行き過ぎると不要な反発や混乱、分断を生むとしている。

一応は左右両方を批判する形をとっているが、右派に対しては憎悪や暴力を諌めながらも国民文化は重視しているだけだ。なので、実質は左派のアイデンティティ政治への批判になっている。

こういう意見が左翼の政治家から出てきたので反応も大きかったようだ。

 

 

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まずジャーナリストのKlaus WalterのTAZの記事。2021年4月1日。

 

Identitätspolitik in linken Szenen: Das Normale ist politisch - taz.de

 

Thierseはジェンダー関連の政治についていけない普通の労働者層の支持回復を狙う。今は「普通さ」のルネッサンスだ。政治運動が盛んだった68年以降しばらくは普通であることは権威主義的でカッコ悪いと思われていたが、そのあと毛沢東主義の左翼の一派が普通の労働者にアピールしていたという。

 

VON KLAUS WALTER

Identitätspolitik in linken Szenen

:Das Normale ist politisch 


左翼界隈のアイデンティティ政治: 普通は政治的である

アイデンティティ政治は多くの人にとって不快である。なぜなら彼らには関わりがなく「普通」と見なされているからだ。左翼の文化環境と普通さの関係について。

 

 

色のある服はKグループではタブーだった。ベトナム戦争反対のデモ。[写真の説明]

 

「普通の人々が私の勇気に感謝していることをご存知ですか」とWolfgang ThierseはZeit誌で尋ね、大規模なマジョリティ叩きに反対した進撃を自分で讃えた。

かつてDDRの独裁に反対して戦ったThierseは、こんにち私たちの自由を脅かすものが何かを知っている。それはジェンダー・ニュースピークを用いた言論警察と風紀テロリストだ。

普通であることはいつも静的だと考えられていて、変化を妨げ、他方を非普通あるいは「他者」と名指すために持ち出される。

「AfDは見られなかった人たちを可視化した」と12月に社会学者のKlaus DörreはTagesspiegelで述べた。この党は労働者に「普通さの尺度である」意見をもっている感覚を与えた。

 

Cora Stephanは新チューリッヒ新聞[NZZ]で彼らの側にある真実の普通勢力について書いていた。

「普通の人は静かに暮らし、しょっちゅう煩わされたくないだけだ。彼は自分の仕事をし、税を払い、趣味と少し地域の一体感に耽る。彼は日々自分を新しく発明する必要はないし、いつもすべてに頭を悩ましていたくはない。日々の革命?いいえ、けっこうだ。個人的なことは政治的である?やめてくれ」

 


普通さをアピールするのは保守だけではなく、伝統的な左翼からも受けているという。普通の人というとき、たいてい暗に外国人ではない男性が想定されていると指摘する。

tazも「ゲイで都会の移民としての経歴の方がEisenhüttenstadtの普通の人としての存在よりも注目市場で多くの資本を生み出せる」とNワード[Normal]を使っている。

しかしまた、ゲイの都会の移民はEisenhüttenstadtの普通の人々の中に入れば彼は自分の身の安全を心配しないといけない。

歴史的に見れば普通の人々のルネッサンスは驚くべき現象だ。1968年の左翼には普通の人々はかっこよくないと思われていた。権威主義的性格であり、適応的でお堅くて息苦しいと。それは革命の分裂過程から生じたいくつもの毛沢東主義政党の大流行とともに変わった。

Kグループの男たち(女はほとんどいなかった)は、彼らの革命の主体(客体の方が正確だろう)つまり労働者階級を怖がらせないためにはっきり普通であるように見せた。長い髪やカラフルな服装、ロック音楽やドラッグとは、ドイツのワーキングクラスは関わりたくなかった。普通さをこれみよがしに見せてKPD, KPD-ML & KBWの政治将校らは革命のためにプロレタリアートの支持を勝ち取れると信じていた。

西ドイツの共産主義同盟では、Winfried Kretschmannも数年の普通主義訓練を修了し、彼は今もその恩恵を受けている。この元毛沢東主義者はとくに極めて普通に見える性質のおかげで人気がある。緑の党は選挙戦をKretschmannのことだけを指す「あなたは私を知っている」という3語のポスターで勝利した。農民は知らない物は食べないという知識の賢い応用である。

「キャンセルカルチャー」とくくられたもの用いたいわゆる「アイデンティティ政治」に対する防衛戦で、Kretschmann、Thierseと仲間たちは普通さに訴え、昔ながらのパターナリスティックな左翼のように「小市民」や「労働者」を引き合いに出す。普通の人は戦略の中で役割を果たす。当然それも極度にアイデンティティ政治的なものだ。ただし上から1つだけ取り上げたアイデンティティだ。伝統的なわかりやすさや、ジェンダーや移民の面倒のない秩序としての役割だ。


「普通」の他に「流行の」というレッテルも再びよく使われているという。これはかつて左翼が資本主義や消費社会を批判するときネガティブな意味で好んで用いた形容詞らしい。今は「流行りのアイデンティティ主義」のように使われているそうだ。

このように、昔ながらの左翼までもが架空の普通さを引き合いに出し、非政治的な普通の人々という新しい標的集団を設定することで、反差別運動を妨げようとしていることを著者は批判している。

 

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マジョリティの(右派の)アイデンティティ政治に関しては東ドイツがよく取り上げられる。東ドイツ人はマジョリティである白人ドイツ人の中では、学歴、所得、地位などが低い傾向にあり、相対的にマイノリティであるという微妙な立場にいる。

アメリカだと南部の白人、イギリスだとチャヴと呼ばれる労働者階級にあたる、マジョリティの中の置き去りにされたと感じているという人々だ。

こういう人々がポピュリズムの支持層になるとよく言われる。実際そうなのかは実証研究を見ないとわからないが。

 

 

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以下は2021年3月のZEIT紙の記事で、これもThierseに応答する形で主に東ドイツについて5人の論者が書いている。

 

Identitätspolitik: Wer wir sind. Sind wir wer? | ZEIT ONLINE

 

Identitätspolitik

:

Wer wir sind. Sind wir wer?

AUS DER ZEIT NR. 11/2021

 

Von Jana Hensel, Martin Machowecz, Steffen Mau, Katharina Warda und Anne Hähnig

14. März 2021, 11:07 UhrZEIT im Osten Nr. 11/2021, 11. März 2021

アイデンティティ政治

私たちは何者か。私たちは何者かなのか

 

Wolfgang Thierseは個別集団の利益への固定化社会の話し合いを壊すことを批判した。では東ドイツについての議論はいくつのアイデンティティ政治に耐えうるのか。5つの回答。

 

 

Endlich raus aus der Isolation

Wer sich mit anderen vergleicht, lernt etwas über sich selbst

Von Jana Hensel

 

ついに孤立から出た

自分を他者と比べる者は自分について知る

 

 

Jana Henselはアイデンティティ政治の議論で東ドイツの人々は周辺的にしか扱われていないとする。

しかしどの範囲まで東ドイツの議論がアイデンティティ政治問題の一部をなすのかという疑問がある。

アイデンティティ政治は確固たる政治運動というよりも(左派の)思想方針である。それはとくにさまざまな民族、性、文化、社会的な部分集団を考慮することで、差別を指摘し、それぞれの集団の成員がいる状況を改善し、それらにもっと承認と影響力をもたらそうとする。たしかにアイデンティティは決まった大きさではなく常に開かれたもので生成過程で理解され、絶え間ない変化ととりわけ話し合いに晒されている。

 

東ドイツ人という集団のまとまりはアイデンティティ政治という言葉が流行る以前から意識されていたという。しかし東ドイツ人は白人という点では移民に対してマジョリティでもあり、アイデンティティ政治との関係を定義するのが難しいという。

 

東ドイツ人を本質化して固定して捉えずに、データや価値観から他の集団と比較して明らかにしないといけないとしている。しかし、ドイツの再統一のような出来事は歴史的に珍しく比較も難しいという。

 

東ドイツ人の中の世代間の違いは移民と似ているという。詳しく書いていないが、若い世代の方が適応しているということだろうか。

 

再統一の過程は周辺化と副次化の過程として描かれる。つまり、東ドイツ人は古典的なアイデンティティ政治の基準とは少しずれているが、この集団を矛盾から逃れられない役割交代として説明することはきわめて意義がある。

 

 

 

 

 

Wir mischen doch längst mit

Unsere Haltung sollte lustvoll sein, kräftig und frech

Von Martin Machowecz

私たちはとっくに関わっている

私たちの態度は貪欲で力強く不遜であるべきだろう

 

 

アイデンティティをもたない者は何かが欠けている。しかし自分のアイデンティティを何より中心に置く者も何か欠けている。

東ドイツは奇妙な化学結合である。一方で東ドイツ人は歴史に誇りをもっているが、他方で歴史との付き合いに恥ずかしさを感じている。一方で東ドイツ人は地域愛が強いが、他方でミュンヘンやニューヨークにいると急に激情に燃え上がる。

 

東ドイツ人は自信のなさゆえに方言を隠したり、かえって自分たちの価値を誇張したり、被害者意識から傲慢になりがちだという。

 

私たち東ドイツ人はまた不利な歴史をもつことも明白だ。ドレスデンで育った人はエッセンやバイロイトの市民よりも四十年長く独裁政権下にいた。ライプツィヒで育った人は過去30年間、困難を脱することで過ごし、ときには嘲笑されるままになり、ときにはペテンにかけられた。エアフルトやデッサウの今の若い人さえ遺産や富の見込みが少ない。そしてそのことを私たち東ドイツ人はあまりに長い間議題にしてこなかった。

そう、それについて話すことは東ドイツ人の新しい自意識の一部だ。

 

東ドイツ人である彼は、東ドイツ人ができることや歴史に自信をもたないといけないという。そして西ドイツ人は東と争うことを恐れて引っ込んではいけないという。東ドイツ人が他者に自分のことについて話されるのを嫌がるのは統一の反対のモデルであり、ドイツの二元制で、何も産み出さないと書いている。

 

 

 

 

Ossismus gibt es nicht

Über Ungleichheit müssen wir trotzdem reden

Von Steffen Mau

オッシー差別は存在しない

それでも私たちは不平等について話し合わなければならない

 

Steffen Mauによると、東ドイツ人はアイデンティティ政治をよく知らないし、むしろ反対しているという。それは、この言葉が都会のインテリのもので馴染みが少ないためと、DDR時代の思想統制を連想させるためだそうだ。

 

一方で、東ドイツ人はなぜマイノリティとして自己主張しないのかと自問する。東西の不平等は相変わらず大きいし、アンケートでも東ドイツ人の半数が自分たちを二級市民だと感じているという。

 

しかし、東ドイツ人はどのようなアイデンティティ政治の態度に出ることができるだろう。

東ドイツ人は民俗学的なやり方で探り出される集団にはなりたくないし、まして西部の常識からの逸脱の中にしか捉えられない集団にはなおさらなりたくない。

このように東ドイツ人を捉えるのは難しい。どのアイデンティティ政治動員にも差異が必要だ。差異は他の人と共有しない経験に依存するからだ。そこからは当事者性だけでなく、ときにはよりよく知っているという情熱ももたらされる。東部の経験をもたない人はそれについてとやかく意見してはいけない。右翼ポピュリズム的な政治家は東部のマイノリティ感情を資本にしようとする。「[再統一後の]転換の完全な終わり」や「DDR 2.0」はアイデンティティ主義者が東部人を打ち立てたり政治的に動員したりする目的のための歴史を歪曲した僭称だ。

東ドイツアイデンティティ政治は、むしろアイデンティティにほどよく資源を扱わせる障害物に置き換わるだろう。本質主義的な集団主張はたいてい誤りに陥る。「東ドイツ人」を指すどの言葉も該当集団の多様性を隠してしまう。

集団に対する差別としての「オッシー差別」は存在しない。だからといってアイデンティティは重要ではないとか、関心とアイデンティティがときに乖離しているということではない。そうではなく、先験的にアイデンティティが関わっているわけではないということだ。利害を調整するために文化的あるいはアイデンティティ政治的な上部構造は必要ない。

一方で西ドイツ人には耳を傾ける義務があるとする。アイデンティティ政治で、マジョリティは負い目を感じさせられ苛立ちやすい。説得には、属性を固定化するより論拠の提示が重要だとしている。

 

 

 

Ich bleib lieber Jammerossi

Wieso für Schwarze Ostdeutsche Identitätspolitik wichtig ist

Von Katharina Warda

私はオッシーの嘆き節のままでいい

なぜ黒人の東ドイツ人にはアイデンティティ政治が重要か

 

私は独りではないと理解するために私は36年間を要した。私はおそらくずっと独りではなかった。誰が知るだろう。私の同胞たちはこの社会では不可視の存在だ。

 

私の言わんとする所は私の経歴をもとにするともっと明らかになるだろう。1985年に私はヴェルニゲローデに生まれた。母はドイツ人の工場労働者で父は南アフリカの学生だった。彼とは私は一度も知り合えなかった。それは私の両親の関係はDDRではよく思われておらず、連絡も疎遠になった。1989年に私は5歳で、幼稚園で眠る子で初めてブニーのノートを読もうとし、パイオニアになることを夢見た。それから壁が開き、他の東ドイツ人のように私の人生は完全にひっくり返った。

 

初めの数年の幸福感と夢の消費社会の後、「転換」として私の記憶に残る数年が来た。失業率はとくに女性において膨大に増えた。私の母と継父も失業した。

 

その後、継父はアルコール依存症になり自殺、母親は鬱で長期失業に。

子どもだった私にとって転換の数年は地獄だった。私は実存的不安と感情的な怠慢の中で育った。さらにテレビの中では私の家族のような人生は普通ではないことが映し出されていた。そこにはとくに没落の経験がある東ドイツ人はせいぜいジョークキャラとして登場するだけだ。現在も多くの東ドイツ人の状況は同じか似たようなものだ。多くの人にとって転換の数年は成功の歴史ではない。当時議論に上らなかったか「オッシーの嘆き」のような名前で軽んじられた経験である。

 

私の子ども時代の地獄はさらに別の面もある。黒人の子どもとして私は直接にレイシズムと90年代に爆発的に拡大した極右の被害にあった。私がRostock-LichtenhagenやHoyerswerdaなどのテレビ番組で迫害を追って見ているとき、その憎悪や殺害に及ぶ暴力が間接的に自分にも向いていることを知っていた。Gubenやマクデブルクでのようなレイシズム的な狩猟は死の不安をともなって認識された。鉤十字の落書きとナチスの行進と右翼の若者グループのあるWernigeröder通りでは、危険は日々手が届くほど近くにある。二級階級で私は帰り道に職業学校の女学生たちからNワードで非難され石を投げられた。放課後に私にとっては真の授業が始まった。逃げて隠れて次第に無感覚になった。私はすぐにこの地獄の故郷に出口がないことを学んだ。

 

当時、私は自分の経験で、東ドイツ人としてもレイシズムの被害者としても無限に孤独を感じた。しかしとくに両者の組み合わせ、黒人の東ドイツ人として孤独だった。私の歴史は世論の中でほとんど代弁されなかった。この生活世界の不可視性はそれ自体が地獄だった。家でも東ドイツの軽視や人種差別の経験については語られなかった。私の両親は自分の問題にかかりきりだった。私はすべてを恥と不安と内なる孤独の中に埋めた。

 

彼女は今でも黒人であるために本当の東ドイツ人として認められないという。

あたかもすべての東ドイツ人は白人で彼らのイメージの中で同じだと言うように。しかしDDRが灰色でも白黒でもなかったように、東部は一つの物語で十分に語れるほど均質な場所ではない。東部は私が知るように人と歴史に多様性のある複雑なところだ。そしてその中には東ドイツ有色の人々や黒人の東ドイツ人の多くの歴史もある。

 

彼女は「Dunkeldeutschland」というプロジェクトでさまざまな出自の東ドイツ人に焦点を当てたそうだ。

それには、多様性との議論と、自身の経験と、そしていかにそれらが構造的に社会的な権力構成に分類されるかが必要だ。それはこの多様性の可視性を必要とする。そしてそれゆえ、今は強い逆風にあっていてとくに「嘆き」のような言葉で軽視されているアイデンティティ政治が必要である。好きなように名づければいい。私や他の人がこのまま不可視でいるよりは私は嘆き節のオッシーでいたい。

 

 

Reden wir den Osten nicht nur schön!

Wir bräuchten mehr Selbstkritik – und Streit mit den Älteren

Von Anne Hähnig

東部をいいようにばかりは言わない

私たちにはもっと自己批判と上の世代との論争が必要だろう。

 

近年、東ドイツ人のアイデンティティが注目され、東部出身の有名人がよく経験を語っているそうだ。アイデンティティ政治の隆盛もその一因だという。しかし西ドイツを批判するばかりで、十分に自分たちの歴史と向き合っていないと著者は指摘する。

映画監督のDörte GrimmとSabine Michelは、去年著作のために東部の家族に過去についてインタビューしたときに、これを明確に述べている。MichelはZEIT紙に「私は長い間この対話が欠けているという感覚を抱いている」と話した。

 

もちろん今もかつても(財政的なものも含め)対処があった。シュタージ書類機関、処理財団、多くの記念地、連合がそれをした。しかし、真の自己確認や世代を超えた討論は東部には未だ欠けている。

 

家庭で子どもが親にDDRや転換の時代について尋ねることはあったが公に議論はされなかったという。

さらにこんにちまで東ドイツ人の自己英雄化もある。東ドイツ人たとえばいくどとなく、転換後の時代が彼らにある種のアヴァンギャルドをなす「変革の力」をもたらしたと主張する。

 

現実にはこれは立証されない。東ドイツ人が時代の変わり目に対応する特別な能力をもっているとは知られていない。反対にむしろ、またもや新しい社会の変動を迎える意欲をもっていない印象を与えている。ではなぜ変革の力について語られるのだろうか。それはアイデンティティ政治もまた、マイノリティはいくらか進歩的で親しみやすく完結していると表現されることで促進されているからだ。 

 

後者についてはまた、東ドイツの社会は(12年間のナチス独裁のあとの)40年間のSED[ドイツ社会主義統一党]の独裁から何らかの形で強くなったという含みがある。それはありえるだろうか。あるいは私たちはそう言うことで、独裁が必然的に長期に渡って東ドイツ住民を害しているという事実を無視しているのだろうか。

 

「強い男」への憧れ、レイシズム的な世界観への傾倒、国家制度やエリートに対する拭いがたい不信感、これらは東ドイツでとくによく目にする。もしかしたらそれも独裁の結果なのではないか。

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東ドイツのイメージというと、『グッバイレーニン』『善き人のためのソナタ』『 僕たちは希望という名の列車に乗った』『ある画家の数奇な運命』などの映画で聞き知っているつもりでいるけど、これらの映画も一面的なのかもしれない。

Katharina Wardaさんの"Dunkeldeutschland"(ダークドイツ)は媒体が何なのかもわからないけれど、興味を引いた。5人の中で彼女だけがアイデンティティ政治に肯定的だが、すでにステレオタイプ化した東ドイツ像ではなくさまざまな背景を含む東ドイツ人に光が当たることを目指している。

 

Henselはアイデンティティを本質化せずに他集団との比較で自らを知るべきだとしている。Machoweczは、劣等感からアイデンティティ固執するよりも、堂々と対等に関わるべきとしている。Mauは東ドイツアイデンティティが右翼に政治利用される危険性を指摘する。Hähnigは東ドイツアイデンティティとされるものがポジティブなものだけで歴史と向き合っていないという。

 

 

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アイデンティティ政治の議論を見ていてぼくが思い出すのは、「診断名の卒業」という言葉だ。昔、不登校関係のボランティアに行っていたときに支援者の人がその話をしていた。

自閉症スペクトラム発達障害の人は、初めて病院で診断を受けたときにしばしば、何か救われたような、認められたような気がするという。それは自分の行動特性を自閉症ADHDの障害理論で説明できると、自身を理解する上でも他人にわかってもらう上でも都合がいいからだ。

しかし、それで生きづらさや人付き合いの難しさがすべて解消されるわけではないし、同じ障害をもっていても色々な人がいることがわかってくる。そして、障害特性こみで自分自身の個性を理解するのにもなれると、「私は自閉症だ」というのをそれほど強く意識する必要がなくなる。

それを「診断名の卒業」と形容していたのだと思う。昔に聞いたので少し違うかもしれない。

診断名を「卒業」した人であっても、たとえば発達障害者の権利を主張する場面では「私は自閉症だ」と改めて公言した上で意見を言うかもしれない。同じ属性をもつ人と連帯したり、自分の立場を明確にしたりするために必要になるからだ。

この場合も「アイデンティティ政治」と呼ばれるのだろう。しかし、自分自身が何者かを考える上でその属性がもはや大して重要でなくなっている人でもアイデンティティの活動のように言われるのは少し違和感がある。

特性の属性がイコール自分自身ではないし、アイデンティティの中でその属性がどれくらいのウェイトを占めているかも人それぞれ。社会でその属性が不平等に扱われているから、反対する都合上その属性を掲げないといけない。それを他人がアイデンティティという言葉で形容するのは、何か私秘的なところに土足で踏み込むような厭な感じが、ぼくはする。

記事紹介: ドイツのアイデンティティ政治をめぐって

アイデンティティ政治が話題である。

たとえばこんな話↓


“Us Too!”のポピュリズム: hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)

 


これは長いけど↓もともとアメリカの話なのかな。


忘れ去られた異端者らの復権: トランプ政権誕生の思想史 (< 特集> 2016 年大統領選挙とアメリカの現在) 会田弘継 - 立教アメリカン・スタディーズ, 2017

 


アイデンティティていうとエリクソンの心理学が思い浮かぶのだけれど、「アイデンティティ政治」と言うときにはこの言葉は、それとはかなり違う意味で使われているようである。そのため、ドイツ社会民主党(SPD)の政治家Wolfgang Thierse は下に紹介する文で「社会はどれだけ多くのアイデンティティに耐えうるか」と問うているが、アイデンティティはそもそも定義上人の数だけあるのではないのかと、しっくりこない印象を受ける。


アイデンティティ政治というときのアイデンティティは、属性とか所属のような意味で使われている。もとの意味でのアイデンティティならば、一人の人間が自分のアイデンティティを一つの属性で表すことはまずないだろう。たいていの人は色んな役割や性質や属性の集まりとして自分をとらえていると思う。


そのうちの一つの属性を強調しないといけない場面というのは、差別とか侮辱とかでその属性のために攻撃されたり不利益を被ったときだろう。これが、(左派やリベラルの)マイノリティのアイデンティティ政治と呼ばれている。

差別を受けることが、エリクソンの言うアイデンティティの危機と同じものなのかというと何か違う気がするし、特定の属性に関して集まって政治的な運動をするのもアイデンティティというほど個人的で内省的なものではないように思える。

マイノリティに属する個人にしてみれば、「この属性をもつ人はこういうものだ」という確固たるアイデンティティのようなものはむしろ個人の自由を制限する偏見として避けたいものなのではないか。


「日本人のアイデンティティ」とか「ドイツ人のアイデンティティ」のような用法はまだ理解できる。これを守ろうとするのが(右派の)マジョリティのアイデンティティ政治なのだろう。


そういう、この用語がまだよくわかっていない状態を出発点としてこれからちょっとずつアイデンティティ政治なるものについて調べていきたいと思う。例によってドイツでの右翼ポピュリズム関連の話題で、アイデンティティ政治はさいきんよく出てくるのでちょっと追ってみてここで紹介する。

 

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SPDの政治家Wolfgang ThierseがFAZ紙に寄稿した文をSPDがネットで公開している。

 

https://www.google.com/url?sa=t&source=web&rct=j&url=https://www.thierse.de/startseite-meldungen/22-februar-2021/&ved=2ahUKEwjuzb2tiY3wAhXGgP0HHTsHCHcQFjAAegQIBRAC&usg=AOvVaw3BDK7w3EBhEyhjjhv7Hlqy

 

FAZ-Beitrag von Wolfgang Thierse - "Wie viel Identität verträgt die Gesellschaft" Identitätspolitik darf nicht zum Grabenkampf werden, der den Gemeinsinn zerstört: Wir brauchen eine neue Solidarität

Wolfgang ThierseのFAZ寄稿文 「社会はどれだけ多くのアイデンティティに耐えうるか」アイデンティティ政治は共同体を壊す塹壕戦になってはいけない。新しい連帯が必要だ。

 

「かつては宗派であり、のちにイデオロギーであったものが、こんにちではアイデンティティだ。それは所属を知らせる便利な手段になっている」とSimon Straußは数週間前にこの雑誌に書いた。「宗派」や「イデオロギー」が過去にあまりに苛烈で血なまぐさい争いにつながったことを同時に思い出させる的確な見立てだ。今また別の規範概念のもとで歴史をくり返すのだろうか。いずれにしても文化的な所属というテーマは、分配政策上の公平性という問題としていま私たちの西洋社会をかき乱し分断しているようだ。民族的、社会的、性的なアイデンティティの問題は勢いを増し、人種差別、ポスト植民地主義ジェンダーについての議論は激しく攻撃的になっている。これはおそらく多元化する社会や社会的な確執を書き表す上で避けられない議論だろう。これは社会的関心や注目、影響力や承認、つまりは文化的な分け前をめぐる争いとしてとことん戦い抜かれる。

 


多様性を平和的に実践するには、民族や文化、宗教が多くあるだけでなく、法の尊重や言語などの共通性も必要だという。

さらにそれだけでなくつねに新しい理解が求められていることは、自由、公正、連帯、人間の尊厳、寛容といった概念、つまり私たちの自由で開かれた社会を支える価値観、そして歴史的に形作られた文化的規範、記憶、伝統において、何が互いに異なる私たちを結びつけ、何が私たちに課されているか、である。このような仕方で定義されたアイデンティティは、右派やときには左派が目指すアイデンティティ政治とは反対のものである。


右派のアイデンティティ政治の不寛容や憎悪や暴力を批判しつつも、故郷や郷土愛、国民文化は重要だとしている。

それらは過ぎ去った過去の反動的な残滓ではない。ヨーロッパの近隣や地球儀を眺めても国民の歴史的意義は終わっていないことがわかる。そして今またパンデミックがこの連帯する共同体、つまりは国民福祉国家がいかに必要かが示された。激動の時代に社会的、文化的な故郷を定めることへの需要は大きい。この需要へのひとつの答えは国民だ。それを認めようとしないのはエリート的で傲慢な愚かさだと思う。

 

たしかに私たちが経験している変化は、ヨハン・ゴットフリート・ヘルダーの伝統の中の均質な国民文化という幻想をけっきょくは廃れさせた。しかしそれにもかかわらず、文化は、単なる文化や文化間のマクドナルド化した世界や文化プラズマ状態ではない。


文化は変化し続けるものだが、生活様式や芸術や記憶などの合奏として今も重要だとしている。そして、マイノリティの権利を求める左翼のアイデンティティ政治の問題は、マジョリティ文化を求める権利を認めないことだと言う。

これらがたんに保守や反動やまったくの人種差別だと非難されるべきではないことを受け入れられないという危険がある。


さらにキャンセルカルチャーはコミュニケーションや議論が足りないせいだとする。

他の逸脱した見解をもつ人や指定されたものと違う言葉を使う人を、メディアの公開議論や大学から排除することは、私には左翼的とも民主的な政治文化だとも思えない。

自分が驚き呆れたということや主観的な経験は根拠を示す議論に取って代わるべきではない。個人の経験の側面は、胸が痛むものでも、共感できない反対意見の評判を落としたり議論から排除する口実として利用してはいけない。犠牲者の話は聞かなければいけないが、それ自体が正しいわけではなく、判決を下して議論を決してもいけない。

 

白人の優位性のイデオロギーへの批判は白人男性の原罪神話になってはいけない。構造的で私たちの社会のどこにでもある人種差別という話は、白人ならばすでに有罪だというモットーにしたがって、避けられないものを付与する。


そのため、文化盗用批判や言葉狩りで不要な混乱と反発を生むとしている。

そうするとなおさら人種差別の非難が正しかったことになる。悪循環だ。

 

ジェンダーや差別的な駅名の変更についても、

ジェンダーに配慮しマイノリティ全般にも配慮した言語を要求することはどんな場合も共同体のコミュニケーションを容易にするとはかぎらない。大学教員が、彼らの学生がどのように呼びかけられたいか、「Frau」か「Herr」か「Mensch」か、「er」か「sie」か「es」かを怯えて不安げに問い合わせたなら、それはもはや無害とは言えない。そしてそれをやり過ぎだと思う人は反動的ではないし、命令や禁止による言語規制に反対する人も同様に反動的ではない。

私たちは新たな偶像破壊を経験している。名前の抹消や記念像の倒壊、知の巨人の密告はたいてい革命の血塗られた転覆に属するものだ。こんにち問題となるのはむしろ重くのしかかる厄介な悪い歴史からの象徴的な解放である。そのさい主観なショックは、名前や記念碑や人物の意義の歴史を詳細に見ることよりも重視される。これはMohrenstraßeやOnkel Toms Hütte[地下鉄の駅名]の例でわかる。この名前は不快で私は傷ついた。だから変えてしまわなけれいけない。これは決定的な行動原理である。歴史の浄化と清算は、これまでは独裁者や権威主義的体制や宗教や世界観の狂信者のすることだった。

 

社会的、文化的な苦労を増やすことを目的にするのは左翼アイデンティティ政治の問題だと私は思う。むしろ目標は受け入れられた多様性を平和的に生産的に実践することであるべきだ。これを達成するには個々のアイデンティティや個人や集団の利益を認知させ実現するために労力をかけるだけでは足りない。さらにより大きな範囲で、自分自身を共同、共通善と関連させて考え実践し、したがってまた自分自身を相対化させる意欲と能力が必要である。かつてRalf Dahrendorfが「所属している意識」と名付けたものはますます重要になっている。いずれにしても多様性を担う人は同時にコミュニティを担う人でないといけない。

多様性と他者性への敬意がすべてではない。それはむしろ規則と責務の尊重、そしてまた多数決の受容に組み込まれていなければいけない。そうでなければ過激な意見の温床や認識の深い溝や競合するアイデンティティ集団の主張によって、とくにデジタル世論では、社会的結束は危険にさらされるか、すっかり破壊される。なぜなら多様で社会的、文化的に断片化した「特異点の社会」(Andreas Reckwitz)では社会的結束はもはや当たり前ではなく、それは民主主義的な政治と文化的な尽力と、とりわけ社会民主主義の目的にならないといけない。それらに欠かせない文化についての提案は、重要なのは連帯であり、連帯は一方的な関係や他者に反して要求する関係ではなく、それは相互の関係と包括的な社会全体を目指すものだということだ。

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政治活動は対立を生むから、相互理解と連帯を求めるというのが要旨だろう。

しかし、そういうコミュニティオーガナイジング的な活動はすでに各地域で行われているのではないか。異文化交流のためのイベントとか、宗教間のダイアログとか、LGBT関連の読書会とかは、該当の協会や個人によっていろんな規模で定期的に行われている。

コミュニティオーガナイジングにはいくつか利点がある。対面だとネットほど不穏だったり無礼になったりしにくいだろう。また主体的で個人的な発言は誰かに、代弁してもらうのと違って、属性でひとくくりにして擁護したり糾弾したりすることも少ない。

そういう活動は言われるまでもなく大事だから、じっさい各々が実施している。でも興味がある人しか参加しないからあまり大きな話題にはならないし、注目もされないのかもしれない。

だから別の場面では不公平や対立を明確にする政治活動も必要になる。「そんなやり方では理解を得られない」とアドバイスする人は、「そんなやり方」でない取り組みに関しては注意を向けてすらいない。というのはよくあることだ。

 

上の文で出てきた「文化のプラズマ」というのはMichal Schindhelm の造語である。

Schindhelmの「文化のプラズマ」について書いた文を見てみる。

 

 

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https://www.degruyter.com/document/doi/10.14361/9783839435120-009/pdf

 

MICHAEL SCHINDHELM

Neubeginn oder Übernahme? 1

Die Erosion des öffentlichen Kulturauftrags und die Entstehung des Kulturplasmas

新しく始めるか、継承か

公的な文化的使命の風化と文化プラズマの出現


彼は劇場支配人として国の文化政策に携わっていた。(右派の)マジョリティのアイデンティティ政治が求めるものが仮に自国の伝統文化の保護と促進であれば、該当するのは文化政策である。

ドイツで前に、ドイツ国民としての文化や伝統のあり方が問題になったのは30年前の再統一のあとである。その頃は旧東ドイツが無くなるため東側の劇場や美術館が衰退しないよう補助金注ぎ込まれていたそうだ。しかし今は多くの劇場が衰退しつつあるという。

 

最近のベルリン国民舞台の劇場主についての人事は、ロストックやデッサウ、Halberstadtや Gera/Altenburgの劇場の緩慢な死よりもかなり大きな注目が集まっている。あたかも同じような悲劇が増えすぎてこれ以上関わりきれないというように。今の文化政策関連の不足はドイツ統一25周年でとくに注目された。今ではこれまで以上に懸念されている同じ機関が、かつては多額の費用で没落から救済されていたからだ。

 

1990年11月に連邦政府はいわゆる新しい連邦州の文化施設のための資産維持とインフラの計画を決めた。1991年から93年に、チューリンゲン州とメクレンブルク=フォアポンメルン州の数百の劇場、オーケストラ、美術館が合計で350万ドイツマルクを受け取って、予算の均衡を取ることか老朽化した建物の復旧に充てられた。これはいくつかの西側の州には文化政策の主権への干渉と捉えられ、計画への意見訴訟も検討されたが、その支援金のおかげで、ワイマール国民劇場からドレスデンの緑の丸天井まで、ドイツ民主共和国(DDR:旧東ドイツ)のほとんどの中規模および大規模の文化施設がドイツが統一した最初の数年の混乱期を乗り越えることができた。

 

この頃、文化の保護は社会的使命だとされていたという。

 

1990年は、1871年[ビスマルクドイツ統一]以降5度目の新しい社会建設の試みとして刻まれる。

 

とくに文化は、1. 文化はアイデンティティ作成に寄与すること、2. 国民や宗教の遺産を守ること、3. 独立した批判的な集合体になること、4. 教育的な任務を果たすということについて合意があった。Hilmar Hoffmannの言葉では文化は「すべての人に」開かれているべきだった。

 

文化政策の対象はそれ以来、そして今でも文化的景観である。つまりある都市や地域の文化的機関や活動の地誌だ。その機関の多くは周知のようにドイツではその存在を、たとえば小邦分立や帝国など、かつての時代区分に負っている。それらのもともとの目的は、たとえばこんにちでもフランクフルトの旧オペラ座の正面装飾で読めるように、真善美に資することだった。このようなカテゴリは大多数の人からはとっくに疑わしいものとして拒絶されている。しかしそれは1989年に擁護された一連の使命にも当てはまるのではないだろうか。文化が開かれているようにするべき「すべての人」とは誰なのだろうか。

 

公的な文化的使命の終わり

したがって文化は2015年にはもはや公的な課題や最終目的ではなくなった。そのかわりその機関や実施者や内容はとうに、グローバル化やデジタル化の魔法にもそのテロにも屈してしまった。都市が世界市民のプラットフォームに発展し、デジタル世界が公共のコミュニケーションを一方でねじ曲げて他方で多様化させた。伝統的な文化的景観はフランクフルトの旧オペラ座のように不規則な塊として近代的社会から浮いている。際限なく拡散する空間が出現し、その中で消費者と生産者がオンラインとオフラインを行き来し、考えられる限りあらゆる様式や内容や地理がからみあい変形している。文化的景観は文化プラズマになった。

 


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↑ぼくが撮ったビル街にあるフランクフルト旧オペラ座の写真

おそらく私たちはみな文化プラズマが何を意味するかの概念をもっている。つまりそれはたとえば、創造性が開花できるもっとも好都合な条件をもとめることを意味する。創造性は、とりわけ故郷をもたない、そして必ずしも愛国的でないグローバル化時代の資本である。

地域主義はジェントリフィケーションと戦っているが、こんにち都市計画をする者は国際資本なしにどうやって自分たちの自治体を住む価値のある公共団体として維持するのだろう。文化プラズマはまた、国民や領土政策はポスト国民的な文化実践の要請と矛盾していることを意味する。芸術家はもはや国民アイデンティティに縛られず、機関は他の機関と連合とネットワークを作り、政治的な公共団体には適合せず、芸術生産と生産物の流通と評価はますます制御されなくなっている。


文化プラズマの例として著者はYoutubeを挙げる。

Youtubeはその視聴者の製作物である。彼らによって現在一秒ごとに60分の映像材が新たにアップロードされている。TIME誌は、Youtubeには1ヶ月でアメリカのテレビ会社の最大手3社が60年の歴史で作成した映像材の3倍以上が生じると試算した。

個人的にあまり評価しない文化的な出来事も認めなければいけない。YouTube現象で興味深いことは、消費者と生産者がつねに役割を交換することである。これによってこの役割は厳格さを失い、時流にしたがってその意味さえ失う。ある種のプロシューマーと言ったほうがいいかもしれない。インターネットの中だけでなく現実世界でもここ数年、各種のフェス、クラブ、出版、展示など、ますます多くのフォーマットが出現し、そこでは職業として芸術家でも知識階級でもない人が公に自己表現し創造性を見せつけている。

もし、たとえば良し悪しを決めて「価値」を伝える当局がもはやないのなら、趣味の無政府状態がはびこる。Youtubeはおそらく文化プラズマの正確な写し絵である。それがいっそう商業的な利益に役立つというだけでも疑わしいものに思えるかもしれない。

 

「すべての人のための文化」から「すべての人の文化」へ

 

文化的景観が文化プラズマの中に沈めば、公共文化や対応する文化政策の古典的な考え方も時代遅れになるだろう。ジャン・ボードリヤールはすでに2007年に短い文章で、なぜデジタル化の時代にも価値や機関や最終目的といったすべてが消えていないのかという問いを立てた。芸術に関して彼の答えは、芸術は消えたことに気づいていない、というものだ。彼はまたそれらの物は完全に消えるのではなく痕跡を残すことを指摘した。それは初期のキリスト教で悪魔の役割を引き継いだ古代の神々に似ている。

 

実際ドイツでは文化的事業はいまだ上り調子である。グローバル化やデジタル化の変容の強襲で文化や文化政策が消えてしまったようには見えない。ボードリヤールは、それらは気づいていないのだと言うだろう。そして依然として文化政治家は使い途のない人のままだと言うだろう。しかし、それよりもプラズマの中で悪魔になった死後の生を想像する方が興味深いだろう。それはこれまで以上にアウトサイダーであり、文化プラズマの中での真善美の解釈がどのようなものなるかを明らかにする政治上の伝統をあとにした。この文化政治家にはもう明確な社会的な課題はない。文化政治家はそれでもそれを達成する仕事に取り組むだろう。

 

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論文紹介: AfDの投票者、描かれ方

前の投稿が長すぎたので2つに分けた後半をこちらに。前半はこちら


以下の論文は、Robert Vehrkampの定量的な有権者世論調査についての研究で、2017年の連邦議会選挙を前に、AfDに投票する人たちがどのていど右翼ポピュリズム的と言えるのかを検討している。結論としてはAfD投票者の多くは右翼ポピュリズム的だった。

Rechtspopulismus in Deutschland 

Zur empirischen Verortung der AfD und ihrer Wähler vor der Bundestagswahl 2017

Robert Vehrkamp

 

Rechtspopulismus in Deutschland. Zur empirischen Verortung der AfD und ihrer Wähler vor der Bundestagswahl 2017 R Vehrkamp - WZB Mitteilungen, 2017 - bibliothek.wzb.eu [PDF]

 

ドイツの右翼ポピュリズム 2017年の連邦選挙前のAfDとその投票者の実証的な位置づけ
 

アメリカ大統領のドナルド・トランプの当選依頼、多くの衆目が新しい「ポピュリズムの時代」について話している。彼らは西欧のリベラルな代議制民主主義にポピュリズム的な未来を予言している。ポピュリズムは21世紀の民主主義を象徴するようだ。


 
ポピュリズムの定義と測定

ポピュリズムの定義として、ここでも反エスタブリッシュメントと反多元主義の2つの側面が用いられる。

ポピュリズム的な政党や政治家や投票者には、綱領やレトリックや意見の中で支配的な政治の無力化を求めることで国民の意志の影響力を強めようとする特徴がある。彼らは、とくに腐敗政治との戦いのためや市民の政治への影響力を高めるために政治体制の改革を求め、自分たちだけが真の市民の意志の代表者だと主張する。


これに、イデオロギーに右翼か左翼かの基準を加えている。

右翼ポピュリズムを測定するためにしばしば、移民やマイノリティーや男女平等への反対や、強力な法治国家の支持などの具体的な考え方が利用される。それに対して典型的な左翼ポピュリズムの立場は再分配の強化や大きな財産の接収を主張し、福祉上冷遇された層の人々の参加を求め、武器輸出の禁止など平和主義を求める。

 

政策的に右翼にも左翼にも位置しないポピュリズム運動全般の顕著な例は、ポーランドのNowoczesnaやスペインのシウダダノスである。それに対して多くのラテンアメリカの運動の左翼ポピュリズムのパターンと似ているのはスペインのポデモスやギリシャのシリザ[急進左派連合]だ。右翼ポピュリズムの例としてはフランスの国民戦線やイギリスのUK独立党(UKIP)が知られる。しかしドイツでも(右翼)ポピュリズムは見られる。とくに2013年に新しく設立されたドイツのための選択肢(AfD)は設立以来、世論やメディアの議論の中で右翼ポピュリズム政党と呼ばれている。
綱領や政策では右翼ポピュリズムに分類されると確定したが、AfDの投票者(有権者の10%)はどうなのか。筆者はそれを定量的に調べている。

 

この問いに答えるために、Bertelsmann財団の委託の[ドイツの世論調査の]Infratest dimapの代表アンケート調査を分析評価した。期間は2017年の3月13から30日で、2013年の連邦議会選で投票した人しなかった人が合計2371人が、政治的な立場と2017年の連保議会選挙の予定を質問された。そのうち合計364人がAfDに投票すると答えた。AfDの投票者がどのていどポピュリズム的なのかはアンケート対象者の以下のポピュリズム全般の発言への同意(「完全に賛成」、「どちらかと言えば賛成」、「どちらかと言えば反対」、「まったく同意しない」)にもとづいて測られた。

  1. 重要な問題は議会ではなく、国民投票で決めるべきだ。
  2. 国民は一致しているが政治家はまったく異なる目的を追っている。
  3. 政治家よりも素朴な市民が政治的に代表になるほうがいい。
  4. 政党は投票者の票が欲しいだけでその意見に関心がない。
  5. 連邦議会の政治家はいつも市民の意志に従うべきだ。
  6. ドイツ市民の信条は政治上まかり通ることについて意見が一致している。
  7. 市民と政治家の間の違いは市民同士の違いよりも大きい。
  8. 政治での「妥協」と呼ばれるものはじっさいは自己の信条の裏切りに他ならない。

 

この回答によってポピュリスト、準ポピュリスト、非ポピュリストに分けている。

 

 

右翼指向性の測定のために


アンケート対象のAfD投票者の自己評価に左翼‐右翼尺度が援用される。これによって0点(左翼)から10点(右翼)の間に個人の立ち位置が定位される。それに加えて個別の政治的テーマに対して典型的な右翼的な命題が質問される。
AfD投票者のほぼ10人に9人は、ポピュリストまたは準ポピュリストだった。

したがってAfD投票者は明らかに全有権者の平均よりもポピュリズム的だ。ポピュリストの割合だけでAfD投票者においてはすべての有権者(29%)の約2倍である。

 

政党間の比較でも、

ポピュリスト的なAfD投票者は56%なのに対し、SPDでは29%、左翼党では23%、CDU/CSUでは14%、緑の党では10%である。

AfD投票者の左翼/右翼尺度(0=左翼、10=右翼)の自己評価でも似たような結果だ。3分の2以上(67%)が自身を中央よりも右に置いていて、その内4分の1ははるかに右(評点8から10)である。他の42%は中道右派に位置づけられた。

AfD投票者の左翼/右翼の指向性の中央値は6.6点で、FDP(5.5)、CDU/CSU(5.3)、SPD(4.2)、緑の党(3.4)、左翼党(2.2)などよりも明らかにずっと右だった。

 

具体的な政治的テーマについて典型的に右翼的な考えの分析はこの見解を裏付けた。AfD投票者の85%と明確に全有権者の平均(55%)より多くが「移民はドイツの文化に合わせるよう義務付けられるべきだ」という命題に同意した。ほぼ同じくらい多くのAfD投票者(85%)が、「法律に違反した者はもっと厳しく罰せられるべきだ」という命題に完全に同意した。一方全有権者の平均は64%だった。さらに明確な違いがあったのは「ドイツはこれ以上危機地帯からの難民を受け入れるべきではない」という命題で、AfD投票者のほぼ4分の3が完全に同意した。全有権者平均は30%だ。

 

要約すると、AfD投票者の10人に9人がポピュリストで、3分の2以上が中央より右翼であることがわかる。有権者がAfDに投票する可能性は右翼指向性とポピュリズム傾向の程度が高まるほど高くなり、左翼の非ポピュリストのほぼ0%から強い右翼のポピュリストの60%以上まで上がった(図で比較)。したがって典型的な右翼ポピュリストは平均よりずっと多く6倍もAfDに投票する蓋然性が高い。逆に表現すると、典型的なAfDの有権者は右翼ポピュリストであり、AfDは、投票者の観点からも明白に右翼ポピュリスト党である。

 

しかしここで用いられた定義での「右翼ポピュリズム」は必ずしも「極右」や信条的な「民主主義敵視」を意味しない。AfDの極右の投票者の割合がどのくらい大きいかはここでの測定計画では明確に測れない。また依然としてAfDの投票者の10人中8人は「民主主義は、総合的に見てもっともよい政治体制である」という命題に「完全に同意」(37%)か少なくとも「どちらかと言えば同意」(47%)としている。「どちらかと言えば反対」は14%、「まったく同意しない」は2%のみである。
 

 

 

 

 

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2015年の移民危機や基本綱領の採決以前には、右翼ポピュリズムであるかも意見が分かれていた。しかし、メディアでは当初からナチスにたとえて極右台頭を警戒していた。

 

NPD und AfD als Wiedergänger des Nationalsozialismus und Nationalismus?    Eine Bildanalyse von Magazincovern      Lorenz Klumpp   [PDF]

 

Lorenz Klumppの「NPDとAfDは国民社会主義ナショナリズムの亡霊か 雑誌の表紙の画像分析」という2020年の記事では、雑誌『シュピーゲル』の表紙の絵を図像学や図像解釈学という政治学研究としては新鮮な感じがする方法で分析し、NPDとAfDがナチスと関連づけられていたことを明らかにしている。

NPD(国民民主党)は旧西ドイツの右翼政党である。この党とAfDの他にドイツ全体で成功をおさめたCDUより右の党はないので比較されている。

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↑当時のAfDの連邦広報のペトリー、後ろの男性はガウラント。背景は、ニュルンベルクのナチ党党大会会場のツェッペリン広場の中央演壇。背景のドイツ国旗、ザクセン旗、ワイマール国旗からは観衆の人だかりがPEGIDAの支持者であることがわかる。

ペトリーが新聞のインタビューで述べた、政治は緊急時には難民を国境で留めるために「銃も使用」 (シュピーゲル紙 2016, p.13から引用)しなければいけないという文に対する反応としても見なせる。「憎悪の伝道者」(Hassprediger)という題名もこれに関連して理解すべきである。

それ[ナチスにたとえること]は聴衆の憤激を呼び起こし、さらなる注目を集める。かつて歴史家のUlrich Herbertが、とくに過去数十年のシュピーゲル紙の多くの表題記事との関連で、「ヒトラーセールス」(Herbert 2015)という言葉で描写した商法戦略としてヒトラーの主題化がヒトラーやナチ党の比喩でも広まっている。

「国民社会主義党の独裁者についてさまざまなに参照するときの背後にある動機を共有していても、過去についての発言として真面目にとるならそれは多くの場合疑わしいことが明らかになる」(Steuwer 2017, S. 191)。右翼ポピュリストや右翼過激派政党と国民社会主義との間の視覚的に演出した比喩は、ナチス独裁政権を軽視するリスクと常に密接に関連している。

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↑左はNPDの時代の表紙。黒白赤のドイツ帝国の国旗を背景に19世紀から国民社会主義の時代までのドイツナショナリズムへの連想を呼び起こすような組み合わせで作った架空の制服が描かれている。

↑右がAfDについての表紙。ヘッケ、フォン・シュトルヒ、ガウラント、ヴァイデル(左から)がAfDのロゴの矢印に乗ってドイツの諸都市の上を漂う魔女と魔法使いのように描かれる。

魔女の絵はさらに、合理性のゲームのルールを逸脱する神秘的な力を思わせる。その点でこの描き方は、理性的な議論を犠牲にして意義を増す、AfDの扇情性やそれにともなう非合理性を指し示している(Gadinger und Simon 2019; Korte 2015)。

タイトルの「そして明日は州全体?」は、ハンス・バウマンの歌『Es zittern die morschen Knochen』の物議を醸した一行「今日はドイツは私たちのもの、そして明日は全世界」から借用している。Abb. 3bの「州全体」は2017年9月にAfDがバイエルン州ヘッセン州の州議会入りが予期されること意味している。
 

 

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↑右がAfDについての表紙。メルケルはうつむいている。左後ろがヴァイデル、右後ろがガウラント。ガウラントは頭を少し傾けて攻撃的な顔つきで聴衆を眺めている。

 

頭の姿勢と表情は、選挙の夜に彼が発した「メルケル首相を狩る」という言葉に対応している(zit. nach Diehl 2018a, S. 89)。

„überrollen“「(転がるように)押し寄せる、轢く」という言葉がその下に書かれていて、これは車輪、つまり「車輪の下に行く(零落れる)」を連想させる。このように画像は既存政党に対するAfDの優位の視覚フレームを与えているが、AfDの得票数12.6%に対してCDUは26.8%、SPDは20.5%だった。

„Sie sind da“「彼らが来た」というタイトルは2015年に映画化されたTimur Vermes の小説『Er ist wieder da(帰ってきたヒトラー)』(2012)を暗示している。

つまるところこの見出しは、上下の配置と結びついて「私たち」と「他者」の想像上の二分法を作り出す。「彼ら(Sie)」という言葉でヴァイデルとガウラントは「他者」すなわち外部集団の成員になる(Tajfel und Turner 1986)。はっきり言及されていない「私たち」すなわち内部集団はいわゆる既存政党とその支持者で、暗に読者もそこに含まれている。この集団は画像の中では代表してメルケル首相に体現されている。これを「私たち民主主義者」と「彼ら右翼ポピュリスト」のグループ分けとして理解すると、肯定的な民主主義者の概念ともっぱら否定的に暗示されたポピュリズム概念を区別しようという長い間政治学の議論になっていた問いが透けて見える(Canovan 1999; von Kielmansegg 2017, S. 272 ff.)。民主主義の観点からはこのような問いは問題が残る。「彼らの存在」は代議制民主主義という意味で一部の有権者の意志の表れだからだ。
 

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さいきんポピュリズムについていい本を読んだ。

 

 『ポピュリズムとは何か - 民主主義の敵か、改革の希望か』 中公新書 水島治郎 著

https://www.chuko.co.jp/shinsho/2016/12/102410.html

 

ポピュリズムの起源になったアメリカの人民党や、西欧や南米のさまざまなポピュリズム政党の例を紹介しながら、一筋縄ではいかないポピュリズムの多様な側面を明らかにしていく良い入門書だ。

 

ただポピュリズム政党の支持者像について、この本が出たあと新しい見解が出されていたのを見たことがあったので指摘しておきたい。

トランプ支持者が衰退地域の白人労働者層としていたが、実際は収入が高いほどトランプ支持者が多かったとわかったんじゃなかったか。これにも書いてる。

https://www.google.com/url?sa=t&source=web&rct=j&url=https://www.mof.go.jp/public_relations/finance/201711/201711i.pdf&ved=2ahUKEwjEoOev7YfwAhXOgf0HHQDVCMgQFjANegQILRAC&usg=AOvVaw0aA09QxcbDF3oQjd8rMJ62

 

あと維新の会の支持者が既成政党に失望していたと書いてあったが、維新支持と政治的・社会的疎外は関連がないと実証されていた。収入も高いほど維新支持傾向。

https://t.co/QapbBZdVKu?amp=1

 

 

 

 

まとめ: ドイツのムスリム移民とフェミニズム

以前から書き溜めたことをブログ案内として紹介しつつ、ドイツ語圏でのムスリム移民とフェミニズムに関する議論を概観する。

 

フェミニストイスラム教の女性差別や同性愛者差別を批判しない」

 

フェミニストイスラム教徒や移民による犯罪に口をつぐんでいる」

 

「そのわりに欧米社会の中ではときに過剰なジェンダー平等を求める」

 

こういう言説を目にしたことがあるかもしれない。もしくはこういったリベラルの矛盾を突くような言説を見たくてネットを探し、誤ってこのブログを開いてしまった人もいるかもしれない。今、もっともらしい正論の欺瞞を暴くことが一大ブームになっていて、たいへん需要が高い。そういうものを求めているあなたも少し我慢して先まで読んでほしい。

外見上の矛盾の下にはさまざまな事情がある。ざっと読んでそのことを感じてもらって、あなたが地に足をつけて考える上でのよすがになれば幸いである。

 

 

 

 

右翼的な主張をするフェミニスト

 

西欧のリベラルやフェミニストイスラム教の中の女性差別や同性愛差別を批判しない、またイスラム教の国からの移民による性暴力に口をつぐんでいる、という批判は右翼だけでなく同じフェミニストからもなされている。

 

こういったフェミニストは、第二波とされるラディカル・フェミニストやリベラル・フェミニストが多い。女性を抑圧する価値観をもったイスラム教徒の移民が増えて、西欧の女性まで脅かされるというのが彼らの主張である。(ただし、第二波フェミニストのすべてが移民反対というわけではない)

たとえば、ドイツの著名なフェミニストのアリス・シュヴァルツァーは、ジュディス・バトラーがスカーフを擁護したことを批判している。またシュヴァルツァーは、同性愛者で女性と結婚する自由を享受したバトラーはイスラム教の国なら最悪の場合殺されるだろうと書いている。

 

ジュディス・バトラーへの批判の記事1

 

この反移民・反イスラムの主張をするフェミニストの多くは同時にトランスジェンダーの女性にも敵対的であることが多く、ジェンダー学も批判対象にしている。

 

記事紹介:ドイツのTerf シュヴァルツァーへの批判

 

このフェミニストの一派の主張の中心にあるのは、移民やセクシュアルマイノリティの権利を擁護することで「普通の女性」がないがしろにされるという意識である。この、マイノリティ尊重で「普通の人々」が割を食うという考えは、最近の日本や欧米のポピュリズムとも共通する。

 

もちろんこういった陣営とは違うフェミニストの流派もある。交差性(インターセクショナリティ)を重視する一派である。

 

 

 

 

フェミニズム的な主張をする右翼

 

移民に批判的な右翼も、移民の議論でリベラル批判やフェミニズム批判をするときには、男女同権などのフェミニズム的な価値観を擁護する主張をしている。

 

記事紹介:極右と女性の権利│右からのフェミニズム?

 

ほかにも、右翼政党のオーストリア(FPÖ)は「私たちは自由な女性を守ります!」と書いたポスターを選挙に用いたり、アリス・シュヴァルツァーの反ムスリムの立場を引き合いに出している。

 

つまり、この話題ではフェミニストの一部と右翼が非常に似た主張をしている。ただし、移民反対派のフェミニストと右翼がまったく同じ意見というわけではない。右翼は他の点では、伝統的な家族観を重視していて男女平等には消極的だからだ。

 

右翼のフェミニズム的な主張は「ポストフェミニズム」のかたちを取ることも多い。ポストフェミニズムというのは、フェミニズムはもうその役目を終えたという見解である。この場合は、西欧では男女平等が達成されてフェミニズムの必要性は過去のものになったが、イスラム教の国々やそこ出身の人々の中ではまだ実現していないと主張される。こういった自文化の優越性を信じて他の文化を遅れたもの、あるいは外からの脅威として責めるやり方をLiz Feketeは「文化原理主義」と呼んでいる。

 

論文紹介: 移民とジェンダー│ 今フェミニズムは右派なのか(前半)

 

 

 

 

ムスリム女性の反応

 

このように右翼や移民反対のフェミニズム右派は、イスラム教徒の男性を批判して女性が解放されることを求めているが、当のイスラム教徒の女性の反応はどうだろうか。これはあまり芳しくないようだ。

 

西欧の論者や政治家が、スカーフをかぶることに反対するとイスラム教徒に対する差別が助長される。日頃から当たり前にスカーフをしている人からすれば大きなお世話だろう。

また、当のムスリム女性の意見を聞かないまま女性解放の名のもとに衣類に口出しをすることはパターナリズムと見なされる。それは、本人の主体性を認めずに保護的な干渉をすることだ。

 

そもそも第二波にかぎらずフェミニスト自体、中東の一部で女性からもあまり良い印象をもたれていない。それは2001年9月11日のテロのあとアフガニスタンタリバンへ軍事攻撃するさいに、イスラム教社会の女性抑圧が口実のひとつにされたためだ。

 

以下の記事のように、アリス・シュヴァルツァーはムスリム女性から歓迎されていない。

 

記事紹介:アリス・シュヴァルツァーへの批判│イスラムのスカーフカンファレンス

 

記事紹介:「これでおしまい!」と叫ぶシュヴァルツァー

 

また宗教の女性抑圧にトップレスで反抗するフェミニスト団体のFEMEMもムスリム女性から抗議されている。

 

論文紹介: FEMEN トップレスの抗議とムスリム女性

 

論文紹介: FEMEN トップレスの抗議とムスリム女性(続き)

 

ドイツでのスカーフ禁止をめぐる議論は以下。

記事紹介: ドイツのスカーフ論争、最近の話題

 

 

 

 

さまざまなムスリム女性とそのフェミニズム

 

しかし、一概にムスリム女性はシュヴァルツァーのような意見に反対していると言うことはできない。イスラム教の社会といっても国や地域によってさまざまで、その中にも保守的な人や革新的な人がいる。またムスリム女性の中にはフェミニストもいるし、その意見も多様である。

 

記事紹介: ドイツのイスラム教徒フェミニスト5名

 

記事紹介:「イスラムのフェミニズム」

 

Seyran Ateşのようなスカーフをしない権利を認める人もいれば、Khola Maryam Hübschのようなスカーフ禁止反対に尽力する人もいる。

スカーフを強制されれば脱ぎ去ることが自由の象徴になるだろうし、頭を覆うことを禁止されればスカーフが解放の証にもなりうる。

一般化して何が正しいとは言えず、個々の人が置かれている状況を考えること、上から指図しないことが求められるだろう。

 

そういう意味で、スカーフで顔を覆うことを「慎み深さ」の象徴として称えたジュディス・バトラーも問題があると思う。過度に一般化して、自分の西欧批判の議論に都合のいいムスリム女性像を利用しているからだ。Reyhan Şahinが同じようなことを書いている。

 

記事紹介:ヒジャブとタブー| インターセクショナル・フェミニズム

 

 

 

ムスリム男性移民の犯罪?

 

スカーフと同様によく議論されるのがムスリム男性の性暴力である。

2015年のケルンで大晦日に起きた移民を中心とした男性による集団暴行事件は、象徴的な事件としてくり返し話題に上っている。とくに2015,2016年は一時的に難民が増加したことで社会混乱があったため、いっそう注目された。

この事件についてたとえばKübra Gümüşayは、#ausnahmslos [例外なく] キャンペーンを開始し、性暴力はつねに話題にされるべきで、犯人が「よそ者」と推定されたときに限ってはいけないと主張した。

 

そうは言っても移民が増えれば犯罪も増えるのではないか。そう考える人もいるかもしれない。以下の記事では、社会混乱のあった2015, 2016年以外はドイツの犯罪率は減少傾向にあると示されている。

 

【検証】「ドイツで犯罪が大幅増」 トランプ氏のツイートは事実なのか 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

 

また移民が関わる犯罪を詳しく述べた論文によると、犯罪統計では難民の犯罪率は自国民の比較集団より高くはない。また犯罪には、滞在資格での違反、難民収容施設でのいざこざ、ドイツに慣れていないために起きる切符などの違反も含まれる。

 

論文紹介:移民増加で犯罪は増えているのか?

 

少しこの論文を詳しく見てみよう。

 

難民について、外国人の見た目の人は通報されやすくその分犯罪の暗数はより少ないこと、難民は福祉が十分でない若い男性が多く、そういう人たちは犯罪傾向がより強い人口集団のひとつであることが指摘されている。

 

外国人の犯罪一般については、難民より短期滞在の移民が有罪になっている場合が多いことと、組織犯罪があることが指摘されている。東南欧のマフィアやアラビアのクランなどの国際犯罪組織がドイツでも活動しているからと言って、かたぎの外国人に疑いをかけるのはお門違いだろう。

 

外国籍だから犯罪率が高いということはないと結論づけられている。また防犯には、外国人のドイツ社会への統合が不可欠であり、ムスリムの移民にとってはモスク共同体に属することも統合に重要だとしている。モスク共同体はすべて法令遵守の団体で、これに属していれば若者が過激派にリクルートされることもない。

偏見や過度の不安はこれらの統合を妨げるだけである。

外国人の犯罪に対するドイツ人の不安、歴史、政治的な動き、犯罪報道などについても論じられている。

 

論文紹介:移民増加で犯罪は増えているのか?2

 

 

 

競争相手の移民男性、支援者の移民女性

 

上述のように、移民に反対している人々は、移民男性を女性抑圧のリスクと見なし、ムスリムの移民女性を保護すべき対象として扱っている。このような言説が生まれた背景をドイツの社会的、経済的な条件から分析した研究がある。

 

ドイツでは、ますます多くの女性が賃金労働をするようになり家事や介護などのケア労働に時間をかけられなくなった。一方で男性がその分のケア労働を担うようにはならなかったので、ケアの人手不足が起きている。

また日本と同じく、福祉国家の見直しによる民間セクターの負担の増大も起きている。国は、介護給付を現物ではなく費用で負担したり税制優遇のかたちで保障することで、民間の福祉施設や業者を利用することをうながしている。

 

こういった背景から家族以外のケア労働者が必要になったが、そこでケア労働に従事する人々は移民女性の割合が多いのだ。つまり移民女性労働者の需要は高い。

これに対して移民男性は、景気が良ければ経済発展の原動力として必要とされるものの、景気が悪化して働き口が減ると土着の労働者の仕事を奪う競争相手と見なされる。多くの場合、土着の労働者よりも雇用を守られず景気の調節弁にされてしまう。つまり、移民男性労働者の需要はつねに高いわけではない。

 

Sara Farrisは、こういったジェンダーや生産条件を背景に生まれたのが、「ムスリムの移民男性は抑圧的、ムスリムの移民女性は守られるべきだ」という分断の言説だと論じている。Farrisの説は、下のぼくの論文紹介や、早川敦さんの書評で詳しく読める。

 

論文紹介: 移民とジェンダー│ 今フェミニズムは右派なのか(後半)

 

書評 Sara R. Farris, In the Name of Women's Rights 早川 敦

 

 

 

ドイツ語圏の移民ケア労働者

 

西欧女性の就労で男女の役割を平等にしたように見せて、けっきょくは別の女性にケア労働者を負わせることになっている。そして外国でケア労働をする女性は自分の家族のケアが十分にできないという問題もある。さらに出稼ぎケア労働の労働条件は不安定で負担が大きい。

このことはフェミニズムの内部でも批判されている。詳しくは以下。

 

論文紹介: ドイツの移民ケア労働者 前編

 

論文紹介: ドイツの移民ケア労働者 後編

 

論文紹介: 西欧家庭での移民女性によるケア労働 スイスの場合

 

 

 

リベラルの矛盾?右派の二枚舌?

 

ふだんは伝統的な性役割を擁護している右翼がフェミニズム的な主張をする。その一方で、左翼やフェミニズム左派がイスラム教内部の伝統的な性規範と関連しそうなものを擁護している。

こういった右派と左派がひっくり返ったかのような議論の様相は、移民問題ではよく見られる。

ぼくは右翼と左翼というものを、個とシステムに対する態度で捉えている。つまり社会の中である問題が見つかったときにその解決策として、個人を変えて社会やシステムに適合させる立場が右翼、逆にシステムを変えて個人の多様性に対応させようとするのが左翼だ。ぼくは日本で福祉畑にいた人間だけど、これはソーシャルワーク的な考え方だと思う。

移民問題の議論で左右ひっくり返ったように見えるのは、移民の社会がドイツ内のイスラム教徒の共同体のように一種のシステム内システムを形成しているためだろう。ドイツという社会全体を見るとムスリム共同体はシステム内のひとつの構成要素だが、ムスリム共同体内部から見るとその中に個人がいるひとつのシステムだ。

 

 

 

インターセクショナリティ

 

大事なのは、複数の属性を同時に考えることと、どの立場からそれを主張するかを明確にすること、だろう。

たとえばぼくは移民という面ではドイツではマイノリティだが、中産階級出身で健常者で男性だという点ではマジョリティだ。移民の立場からスカーフ禁止に反対しているが、イスラム教伝統社会に生きる女性の立場からスカーフ強制に反対している人の意見は理解できる。

こういう作業がよく聞くインターセクショナリティというものなのだと理解している。

社会に関することで、どこでも普遍的に通用する正義や正論というのは存在せず、必ずどこかで破綻する。そういう矛盾や欺瞞を暴くのもひとつの知的な作業だが、それだけでは正しさなどどこにもないという相対主義に陥る。そういうとき考えるよすがになるのは、マクドウェルという人がそういう言い回しをしたそうだが、どこでも(everywhere)やどこでもない(nowhere)でもない、どこかある場所(somewhere)だ。

 

 

 

論文紹介: AfDについて。極右?右翼ポピュリズム?

AfDについて調べたことをまとめておく。


AfD(ドイツのための選択肢)は2013年に設立されたドイツの政党である。ドイツの右翼ポピュリズムの党として知られる。




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簡単な党史

2013年、AfD(ドイツのための選択肢)が創設される。創設時はこの党は、経済学者の多い「教授の党」として登場し、経済学の観点からEUを批判するのが主な目的だった。2009年に財政危機が発覚したギリシャEUが救済していたことや統一通貨などに不満を訴えていて、国民保守や反移民はまだ表に出ていなかった。

 

2013年の連邦議会選挙では4.7%の票を獲得した。ドイツでは5%を超える党だけが議席を獲得できるため(阻止条項)、辛くも議会入りには至らなかった。一方、2014年のEU議会選挙では議席を獲得し、同年にザクセンブランデンブルク、チューリンゲン州の州議会で5%を超えて議会入りした。

 

2015年にペギーダ(PEGIDA、西洋のイスラム化に反対する欧州愛国主義者)に対する態度で党内に不一致が生じる。ペギーダは2014年にドレスデンで始まった反イスラム運動である。ドレスデンのAfD党員がこれに参加し、AfDザクセンのティルシュナイダーが管理する愛国者プラットフォームもこれを支持し連邦党指導部にも支持を求める。さらにA. ガウラントとF. ペトリーもペギーダを支持する。一方で、主に西側の州や連邦党本部はあいまいな態度をとりつつもペギーダとは一定の距離を保とうとしていた。

 

旧東ドイツのチューリンゲンのヘッケや、ザクセンアンハルトのポッゲンブルクらがエアフルト決議を採決する。これによって党に、ジェンダー主流化や多文化主義に反対するような一層保守的な立場を求め、党本部を批判した。この決議にはガウラントも署名した。

 

2015年7月のエッセンでの臨時党大会で、党首選挙が行われた。ペギーダを支持していたペトリーとそれまでの党首のルッケが争い、ペトリーが勝利した。これは党内のより保守的な潮流が、経済リベラルの勢力に勝った結果とみなされた。しかしこの後もペギーダとは微妙な距離をとり続ける。

 

2016年、FPÖ(オーストリア自由党)の党首とシンポジウムで会談するなど協力を強める。2016年、シュトゥットガルトでの党大会で初めての基本綱領が採決され、広い範囲の議題に党の立場が示された。

 

極右?右翼ポピュリズム

AfDは登場以来ずっとメディアや識者から右翼ポピュリズムの政党と見なされて、ときには極右とも解釈され、そのように語られてきた。現在では学術的にもAfD=右翼ポピュリズムとほとんど確定しているが、2015年以前では右翼ポピュリズムと言えるかもかなり微妙なところだったようだ。

 

 

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以下のMarcel Lewandowskyの論文は、2015年のペトリーが党首に変わる前に書かれた論文で、AfDが右翼ポピュリズムと呼びうるかについての世論や政治学上の議論を検討している。

実証的な研究では、ポピュリズム的ではあるが、右翼的であるかについてはまだ保留していたそうだ。ドイツではCDUより右の政党は極右と見なされ、ナチス的という烙印を押される。AfDは経済リベラルやEU政策を全面に出してこの烙印を避けていた。AfD内の方針上の争いは党の独自色と烙印のジレンマだったと著者は考えているようだ。

 

Eine rechtspopulistische Protestpartei? Die AfD in der öffentlichen und politikwissenschaftlichen Debatte M Lewandowsky - ZPol Zeitschrift für Politikwissenschaft, 2015 [PDF]

 

AfDは創立後初めの一年はEU懐疑主義の立場の党とみなされていたが、右翼ポピュリズム政党に当たるかは不明確だったという。変化の兆しは2014年にあった。

2014年初めにAfD内の路線変更の兆しが表れ、それによってこれまでは重要な位置を占めていなかった社会政治的な立場が視野に入ってきた。2014年1月のAschaffenburger での党会議で、文化や家族政策の議題をめぐるユーロ・アジェンダの拡張が顕著になった。そのさい、この党は「右翼保守で社会批判の勢力に」なるべきで、「あらゆるものに反対し、ヨーロッパの中のいろいろなものにも反対する」(Amann 2014; Ankenbrand 2014も見よ)党とされた。

ドイツでは、右翼ポピュリズムについての研究は盛んだが他のヨーロッパの国のような安定した右翼ポピュリズム政党の台頭がこれまでなかった。そのためAfDの議会入りは「とうとうきた」という印象で迎えられたそうだ。

 

そもそも「右翼ポピュリズム」という概念は何かについて概説している。すでに先行研究は多い。

この新しい諸政党には共通点があるが、イデオロギーや綱領の外観は国の文脈によって大きく異なる(Mudde 1996)。

Muddeという人は国際的なポピュリズム研究で最小限の定義を定めたことで知られているらしい。ポピュリズムとは、一元化された国民と、その声を聞かない政治的エリートという対立関係を主張していることである。この定義は右か左かは関わらない。

それでもDecker (2004: 29)は、現実にポピュリズム的と見なしうるほとんどの政党は同時に右翼ポピュリズム的であると述べている。

なので著者はポピュリズムの定義に、自分たちと同じ国民や民族と見なされない人たちへの排除傾向を付け加えて右翼ポピュリズムとしている。この、「一元化された国民」「反エスタブリッシュメント」に加えて右翼傾向を測るという右翼ポピュリズムの基準は他のいくつかのAfDの研究でも用いられている。


しかし右翼ポピュリズムに当てはまる政党でも非常に多様で概念で捉える難しさがあると著者は言う。

たとえばオランダのピム・フォルタイン党 (Lijst Pim Fortuyn: LPF)はイスラム教敵視をこの同種の他の政党と共有しているが、フォルタインはLPFのカリスマ指導者的な人物で快楽主義的なライフスタイルと同性愛者であることをメディア出演の場で大いに活用する。これはフランスの国民戦線オーストリアのFPÖ(自由党)では考えられない。

カリスマ的リーダーの存在の他に、内部の組織化がゆるく政党というより運動としてふるまうこと(Decker 2006 a: 17 f.)、敵を設定して単純な言葉を好むこと、果敢なタブーを演出することなどの特徴を挙げている。

 


では、AfDは右翼ポピュリズムと言えるのか。この時点ではまだ一致する見解はなかったそうだ。政治学には、データに基づく実証的な研究と、「あるべき」形を問う規範的な研究があるという。テキストデータの内容分析も実証的な研究である。AfD=右翼ポピュリズムについて、主に実証的な研究では否定的か慎重な立場で、規範的研究では肯定的な答えを出していたようだ。実証的な研究では、ポピュリズム的ではあるが右翼的であるかについては保留していた。

たとえば Simon Franzmann (2014)は、この党の創設と達成の過程が依然として完了しないことに言及し綱領に関して、とくに彼らの反エスタブリッシュメントのレトリックにもとづいて「議題も様式もAfDが似ているのはヨーロッパの右翼ポピュリスト政党と確定され(うる)が、本当に合致している点はない」(ebd.: 122)と結論づけた。

Kai Arzheimer (2015)も過激さが欠けているとした。Marcel Lewandowsky (2014 b)はAfDをpro運動との比較でポピュリズムだとしたが、SNSでもイスラム流入を扱っておらず、右翼的かは保留としたそうだ(Berbuir/Lewandowsky/Siri 2015)。イスラム嫌悪と外国人敵視の意見表明は、この頃はまだ(当時の)「二軍」のメンバーによるものだったという。

たとえば広報担当者でブランデンブルク州と会派の議長であるAlexander Gaulandは、早い段階からユーロ反対だけでなく、「ジェンダーのたわごと」や多文化社会にも反対する立場を取る発言をしていた(Gauland 2013)。

Arzheimer (2015)の規範と実証の混合的な手法の研究では、連邦議会入りしている政党の中では最右派だが内容的に「過激」とは言えないとされた。

 

一方で、規範的な研究では当初から新右翼の文脈で捉えられていた。Alexander Häusler (2013, 2014; Häusler/Roeser 2015)は、

AfDについての最初期の仕事のひとつでもある彼の最初の研究で、この良識ある党が「党周辺の多くの発言から確かな右翼ポピュリズム方針がある」(ebd.: 92)と考えられると結論づけた。

David Bebnowski (2015)は、AfDは罵倒表現は使わずポピュリズムは目立たない形で機能しているという。

彼は、特殊なAfDのポピュリズムは「経済競争の論理と新自由主義のモデル」の中に表れていて、「競争論理の努力を通じて不安を煽り、他者の価値を下げることができる」。

Gerhard Freyのドイツ民族同盟(Deutsche Volksunion: DVU)やSchill党のようなこの種の典型的なリーダーがAfDにはいないという。また「教授の党」であり、

(…)「ブルターニュの若者」として「素朴な民衆」に親しまれるJean-Marie Le Penの国民戦線のような自己イメージの党とは根本的に異なることがわかる。

しかし、運動全体を見て党を支える人脈まで考えると、

少なくとも一時的に個別にはAfDがペギーダ運動と協力したことも、この党の保守団体や場合によっては極右との接点を示唆している(Geiges/Marg/Walter 2015: 152 ff.)。

 

 

こうのように捉えられていたAfDは、ドイツの政党制の中で新しい役割をもった党になりうるとしている。ドイツではCDUとCSUよりも右に位置する政党は、ナチス的なのではないかという疑いをかけられるという(Decker 2005)。

過去には、州レベル(NPDやその前のDVU)や二三の自治体レベル(pro運動)で成功した党がこのイメージに当てはまる(Lewandowsky 2012: 398 ff.)。

ヘルト•ウィルダースやルペンがゴールデンタイムに政治のトーク番組に参加しているオランダやフランスといった他のヨーロッパの国は違い、右翼政党の登場はナチスの嫌疑というダモクレスの剣の下にありめったにないことである。

AfDも登場直後からネオナチの烙印を押されそうになったが、EU批判を全面に出して公に外国人敵視をしないことでこの烙印をかわしてきた(Lewandowsky 2014 b)という。この論文が出たのはまだルッケがペトリーに負けて離党する以前で、党内の方針上の争いに決着がついていなかった。この争いについて、著者はこう述べる。

これはAfDの基礎を成すジレンマを表している。一つの面では穏健でユーロ懐疑的な路線では党にユニークな売りがなくなりCDUやCSUと競合する立場に近くなりすぎる。別の面では、生き方やパートナーシップのモデルの多様性に反対し強固な統合政策を支持する政党では政治的な烙印付の犠牲に陥る危険がある。

2013年の連邦議会選挙以来すべての選挙での投票者の推移を見ると、無投票者の他にはとくにCDUやCSU、FDP、左翼党に入れていた人から票を得ている(Zeit Online 2013)。

広い範囲の陣営から票が推移することから投票者の共通の反抗の方向性であることを支持しているため、AfDはその意味で選挙でも「ポピュリズム的」である(Korte/Leggewie/Lewandowsky 2015)。

多様な層から反エスタブリッシュメントの受け皿になっていて、この時はまだどちらの方針に向かうかわからなかったということだ。

しかし、党の支持者は別としてAfDの投票者層は比較的一様で、EUへの懐疑と移民増加の拒否に関連している(Köcher 2014)。

熱心な支持者同性愛ペアの養子受け入れやイスラム教を拒否する態度がユーロ懐疑主義よりも目立つという研究(Berbuir/Lewandowsky/Siri 2015: 172)もあるそうだ。

この頃の投票者像は日本語のWikipediaでも詳しく書かれている。

 

 

 

 

 

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以下で紹介するJ. Rosenfelderの研究では、2016年に採決されたAfDの基本綱領やアジール(難民の庇護)に関する文書を、それ以前の選挙綱領と比較して内容分析を行ない、公式にもAfDが右翼ポピュリズムに変遷したことを実証的に示している。

 

Die Programmatik der AfD: Inwiefern hat sie sich von einer primär euroskeptischen zu einer rechtspopulistischen Partei entwickelt? J Rosenfelder - Zeitschrift für Parlamentsfragen, 2017 - JSTOR [PDF]

 

この寄稿論文では2015年1月から2016年3月の間のAfDの発展を扱う。

この期間には4つの重要な出来事があった。つまり、党の分裂、ヨーロッパの難民危機、2016年春のAfDの州議会選挙での成功、2016年の2016年3月の第一版党綱領の採決だ1。

2015年の党の分裂と難民危機で、AfDはそれまでよりも移民反対の党と見なされることが増えた。それによってユーロ救済のテーマは後景に退く。

それに関連して2015年9月に批判的な「アジール議題文書」3を公表した。

そしてバーデン•ヴュルテンベルク、ラインラント•プファルツ、ザクセン•アンハルトなどの州議会選挙で成功を収めたという。

 

政治学では初期のAfDはユーロ懐疑主義の政党と見なされていたという。

Kai Arzheimerはこの党をイギリス独立党(UKIP)やフランスの国民戦線オーストリア自由党などよりも、イギリスのトーリー[王党派]と比べられるとしていた4。Robert Grimmも、AfDの考え方はとくに経済や通貨での連盟に対する経済政策批判で知られるため、この分類に従った。つまり、党の立場はオルド自由主義的経済の原則にもとづいているので、「親ヨーロッパだが反ユーロ」5である。

AfDは設立以来ずっと一枚岩の党ではなかった。Alban Wernerはふり返って初めに特徴的だった、経済リベラル、国民保守、右翼ポピュリズムという3つの異なる潮流について話している8。

経済リベラルの一翼は、(…)Bernd Luckeや Joachim Starbattyのような中心人物の脱退で今では大幅に影響力を失った。

※オルド自由主義や社会的市場経済は、(ぼくはよくわかっていないけど)、ドイツやオーストリアの経済リベラルを形容してそう呼ばれることが多い。

社会的市場経済 - Wikipedia

 

州ごとの違いもあり、おおむね旧東ドイツの州連盟は右翼傾向が強いそうだ。

州連盟内部の多様性もあり、

たとえばバーデン・ヴュルテンベルク州の議員Wolfgang Gedeonの反ユダヤ主義の発言をめぐる事例でよくわかる。この事件は、AfD会派の分裂につながり、会派が再び合併した後でも州連盟に大きな課題をもたらした。

 

AfDが右翼ポピュリズムであるかについては、やはり意見が分かれているとしている。たとえば、

Oskar Niedermayerは2013年の連邦議会選挙をふり返って右翼ポピュリズムだと言わない。AfDは「他者」を低く評価することで文化的な所属を示すという特徴が欠けていると言う14。

著者Marcel Lewandowsky、Heiko GieblerとAiko Wagnerらは定量分析から、AfDは他のドイツの政党と比べて明確に右翼ポピュリズム的といえると結論付けた18。

Andreas KemperはAfDの政治家Björn Höckeのジェンダー政策の立場をNPDの家族政策と比較している19。

しかし連邦の党公式綱領は、2013年の連邦議会選挙と2014年のEU選挙の選挙綱領に表れているようにこれまで右翼ポピュリズムとは格付けされていなかった21。

 

 

新綱領でどうなったのかをこの論文で検討している。右翼ポピュリズムの定義について、

ポピュリズムの定義として、

Jan-Werner Müllerの反エスタブリッシュメントの態度と「真の国民」への呼びかけという2つの基準にもとづき定義する27。

エスタブリッシュメントの態度は、政治的エリートは腐敗し利己的で権力を得ることにしか向かっていないという考えである28。

それに加えてもう一つ、自らをエリートに対峙する国民に結びつける立場を区別しなければいけない。「真の国民」への呼びかけは「道義的に唯一の代表者であるという主張」を導く29。

さらにとくに右翼ポピュリズムであるかをみるため、右翼の基準として、排他性を挙げている。

Karin Priesterは右翼ポピュリズムと左翼ポピュリズムを排除と包含の概念に基づいて区別した。それにしたがうと、前者はアジール希望者や少数民族などの人々を排除するため、排他的である30。右翼ポピュリストの考える世界ではエリートは、既成勢力と同じく「真の国民」には加えられない「社会に寄生する下層」とけしからぬ結託を結んでいるとされる31。

 

 

筆者は党の公式文書の内容分析を行なっている。メイリングの手法を用いたそうだ。対象は、新しい基本綱領と、アジールについての文書2つ、アジール決議とアジール議題文書だ。さらに2013年の連邦議会選挙綱領と2014年のEU選挙綱領を以前のAfDの文書として分析している。右翼ポピュリズムとユーロ懐疑主義の程度の変遷を見ている。

 

 

ユーロ懐疑主義の強化

新しい基本綱領では、国民国家の主権と補完性原理を理由にEUを批判している。

彼らはその代わりに、「EUを、もともとの意味で主権があってゆるく結びついた個々の国家の経済と利益の共同体に戻すこと」37 を要請する。抜本的なEU改革の開始が実現しない場合、党は「ドイツの脱退か、ヨーロッパ連合の民主的解散とヨーロッパ経済共同体の再設立」を目指すという38。

 

補完性の原理とはなにか。↓ここで丁寧に説明されている。

ポスト主権の政治思想 ---ヨーロッパ連合における補完性原理の可能性!---  遠藤乾

 

一方で伝統や文化面ではヨーロッパというまとまりを評価しているらしい。また外国の銀行へのドイツの態度や、債務リスクをヨーロッパで共同にもつことを批判しているという。

また基本綱領では、EUによって国民国家の主権が奪われたとしているそうだ。

基本綱領の多くの個所でヨーロッパの権限の再国民化がはっきり求められ、権限が国民国家に返されるべきだとされる。党は「政治的エリート」を「ひとつの国家に引き返せないようEUを発展させたこと」で非難し、その努力の中に「ヨーロッパ大国の幻想」54を見抜いている。

EU内の政治機構は民主的でないとしつつ、外交面ではヨーロッパの利益は団結しないといけないとしている。しかしそこでも国民国家の主権は守られるべきだとしているという。

したがって党は、GAPSによる形式化された共通の外交・安全保障政策や、欧州対外行動局を拒否し、そのかわりに複数の相互的な合意を擁護する。この文脈において、党は「すべてのヨーロッパ諸国がその力に応じて参加できるヨーロッパ諸国の柔軟なネットワーク」について考えている58。

 

以前の綱領では、

AfDが主権と補完性を求めるのは2013年にもすでに認められる。

党は、当時のイギリスのキャメロン首相の政治的要請と並行して、ブリュッセルの官僚機構の解体を望んでいた59。

AfDは2016年の基本綱領の中で、非ヨーロッパの国のEU加盟を文化的・地理的な理由から拒否している。たとえばトルコの加入はそれ自体が問題外である61。

さらに移民の制限も訴えている。

以前の綱領では、

2013年のEU選挙綱領では党は、「開かれた外国人に友好的なドイツを支持し」、「定住の自由も就労者の自由交通も」65肯定していた。具体的には、党は「高資格の移民」を求め、カナダのポイント制度の手本を賞賛した。

以前から統一通貨ユーロの廃止やEUの改革を求めていたが、新しい基本綱領ではドイツのEU脱退や経済共同体に戻すことを求めたり、より厳格なユーロ懐疑主義になったとまとめている。

 

 

 

右翼ポピュリズムの傾向について

エスタブリッシュメント

基本綱領で党は、とくに自身の権力維持や物質的な富に関心がある政治運営の少数集団は「隠れた専制」や「政治上のカルテル」だとしている。以前の綱領でも反エスタブリッシュメントの傾向はブリュッセル(EU官僚機構)批判で一部見られたが、反エスタブリッシュメントの傾向はずっと強まっている。

基本綱領の前文でAfDは自分たちが「政治階級が私たちに『対案はない』と信じさせられると思っていることへの対案」67と考えている。それに関連してこの党は、「国家とその機関を再び市民に仕えさせる」ことを約束する。なぜならそれらが今では好き勝手をしているためだという68。

「党員手帳経済[党閥]」や「官職の後援[縁故主義]」を批判しているそうだ。

EUも視野に入れて党は、その計画を「明白な国民の大多数の意志に逆らって、EUの中で何が何でも実行」71したがる政治的エリートを批判する。さらにAfDはEUをよそからの過干渉な保護だと見なす。

アジール議題文書でAfDは、連邦政府アジール政策の過程で移送事業から利益を得る「統合産業」73について話している。似たようなやり方でこの批判は基本綱領でなされている。「大量移民の結果、多くの場所で価格の決定権を握るカルテルのような移民産業が現れた」74。

エネルギー政策も利権だとして批判し、政治的正しさも批判しているという。

以前の綱領でもEU批判の文脈で「古い政党」や政治的エリートを批判をしていたようだ。

EU選挙綱領ではこの党はすでに2014年に、EUは「上から強制」されてはならないと述べ78、「EU内のあふれんばかりのロビーイング」をせき止める措置を求めていた79。

また党はすでにこのとき「過度に官僚主義的な市民の干渉的保護」84と称するものを批判していた。

 

 

「真の国民」への呼びかけ

基本綱領では政治的エリートが明白な国民の大多数の意志に反していると主張されている。また文化やアイデンティティを強調して国民を均質なものをして提示しているという。

ひとつ重要な関心事として書かれていることは、文化的、宗教的な伝統を守ることである。アジール決議でもAfDは、国家の任務は「国民のアイデンティティを守るため働くこと」にあると指摘している85。

また基本綱領でも伝統家族や高い出生率を指示し、「イスラム教の国々」からの移民に反対しているという。

この拒絶的態度の根拠として党は、ムスリムの移民はドイツでは教育や就業で平均以下の水準にしか達していないだろうという過去数年の体感値を示す。

AfDによるとドイツは大きなヨーロッパ文化の国民に属するので、党はドイツの「主導文化」への支持を表明して、この文化はキリスト教の伝承と、科学や人文学の伝統と、ローマ法の理解に根拠づけられており、文化多元主義イデオロギーにおびやかされているという。さらにドイツ語はドイツ人のアイデンティティの中心的な要素と解釈され、一般的な意識の中で維持され守られるべきものだとしている88。

 

 

多元主義

AfDの新しい基本綱領には、連邦議会選挙綱領とEU選挙綱領とは違い、明らかな反多元主義的な態度が含まれる。以前のEU選挙綱領ではイスラム教の議題については完全に沈黙していた。

イスラム教に対しては、

党は「ムスリムが暴力を辞さないサラフィー主義やテロにまで過激化すること」を阻止しようとする90。

またイマームの許可制や公共の場でのスカーフ禁止を求め、ミナレットとムアッジン呼びかけなどはイスラム支配の象徴として反対しているという。

それは「キリスト教の教会が現代に実践している寛容な宗教の共存に逆らう」91からだとしている。

教育政策ではAfDは、学校の授業で同性愛やトランスジェンダーを一面的に強調することを批判している。

すでにアジール決議でAfDは、アジールの権利は個別の権利であるべきで「集合的で一括に団体や民族全体に与えられてはいけない」と、制限的な立場だった。この党は、家族の後追い移民の制限するか、停止か完全廃止することを求めていた。この措置は、ドイツのアジール希望者数が大すぎるという党の前提が根拠にされている94。

アジール議題文書でもアジール申請はドイツではなく本国のドイツ大使館で済ませることを求めているそうだ。基本綱領でも「大量移民」は福祉制度と低賃金労働への移民流入につながると批判しているという。

さらに党綱領では移民流入と犯罪が結びつけられる。「組織犯罪の分野でのかなりの数の犯人が外国人である」98

2013年の連邦議会選挙綱領ではまだこの党は統合政策に関してドイツには高資格の移民流入が必要だという意見だった。しかしそれは「福祉制度への秩序のない移民流入」であってはならず、したがって当時からカナダを手本とした移民法を支持していた。さらに「切実に政治上迫害された者」はドイツのアジールを得て仕事も見つけられなければいけないとした102。政治方針ではAfDは同様にアジール権を支持し、戦争難民を受け入れることは義務だと考えていた。

2014年のEU選挙綱領でも、戦争難民への人道支援は無条件に保証されるべきで、可能ならば「故郷の近くで」なされるべきだとした104。

 

 

まとめ

右翼ポピュリズムを問う観点から、どの程度党の右翼ポピュリズム的な要素が増したかを調査する必要がある。その結果、3つの基準(反エスタブリッシュメント、「真の国民」への呼びかけ、反多元主義の見方)すべてを満たし、この党を綱領にもとづいて右翼ポピュリズムと分類することができる。

この新綱領で全面的に右翼ポピュリズムの政党と見なせるようになったという。それ以前は一部にその傾向が見られるだけだった。しかし右翼過激主義や極右とまでは言えないそうだ。

明確に権威主義的な態度は欠けていて、たとえばCas Muddeによるポピュリズム的で過激な右翼の概念化にしたがって格付けされたり、それによって国民戦線オーストリア自由党と同類の政党に属したりするほどではない106。

ただしそちらに向かう可能性もある。

バーデン・ヴュルテンベルクの州会派内の反ユダヤ主義的立場の人の処遇をめぐる争いや、Alexander Gaulandの「Boateng発言」、Björn Höckeのドイツの記憶文化に異論を唱える演説のような現在の動向は、党がさらに極右への向かうことを分析するきっかけになる。

 

関連記事↓

論文紹介: AfDの投票者、描かれ方

 

 

 

 

記事紹介: ドイツのスカーフ論争、最近の話題

またTwitterのトレンドなのだが、先週くらいまで kopftuch がドイツのトレンドに上がっていた。イスラム教徒の女性がよく髪を隠すためにするスカーフのことで、これを職場で禁止してもいいのかというのがドイツでは90年代からたびたび話題になっている。

 

スカーフ論争の過去の大まかな流れは以下の飯島祐介さんの論考を参照してほしい。

スカーフ論争とドイツの規範的自己理解の現在    飯島祐介 - 社会学評論, 2008

 

これによると、ドイツでのスカーフの禁止は、宗教や世界観における中立性を保つために行なわれる。フランスのように徹底した政教分離を採用しておらず、公共空間から宗教的なものをなくそうとするわけではない。

そのため、キリスト教を擁護している保守派の政治家が世俗主義の行き過ぎを牽制するためにあえてスカーフ禁止に反対したりする。スカーフ禁止の賛成派・反対派の内実は単純ではないらしい。

フェミニズムの内部でもスカーフ禁止に賛成・反対で分かれていて、それぞれの主張はこのブログで紹介してきた。

 

それでなぜ先週トレンドに上がっていたのか?最近のニュースをいくつか漁ってみた。

 

 

まずtagesschauの2021年2月25日のニュース。

EuGH-Gutachten: Kopftuch-Verbot am Arbeitsplatz ist zulässig | tagesschau.de

ムスリム女性の教師が職場でスカーフの着用を禁じられてもよいか?よい、そのような禁止は認められる、というのが欧州裁判所の見解だ。しかしこれは宗教的シンボル全般に適用されるわけではない。欧州裁判所の見解では、雇用者はイスラム教のスカーフのような比較的大きい宗教的シンボルは禁じてもよい。

この見解の発表がEU裁判所で2月25日にあったらしい。Twitterのトレンドに上がったのもこれのせいか。以前2017年にEU裁判所でこの件について決定があり、当時話題にのぼっていたそうだ。

[EU裁判所の]法務官は、先立っての2017年の欧州司法裁判所が行なった、他の世界観に関わるあらゆる標識も禁止するならば企業はスカーフを禁止できるという決定を参照するよう示した。

「経済的不利益の具体的な危険性」

法務局はさらに、EU加盟国が信仰の自由を守るためにさらなる規定をもうけることができると述べた。なのでドイツでは企業は「十分な経済的不利益の具体的な危険性」が存在すればスカーフのような特定の標識を職場で禁止できる。

保育園とドラッグストアでの例

背景にドイツでの2つの例がある。宗教を問わない保育園のムスリム女性の労働者はスカーフをして仕事に来たため何度も警告された。それに基づきハンブルクの労働裁判所は、人事記録の記載を削除すべきかどうかを審議した。欧州裁判所の通知によると、労働裁判所はこの手続きを直接の差別に分類する傾向があった。

ニュルンベルク地方の事例では、連邦労働裁判所は2019年に欧州高等裁判所に意見を求めた。ドラッグストアのMüllerでひとりのムスリム女性がスカーフ禁止に対して訴えを起こしていたのだ。この従業員は自分の信仰の自由を制限されたと感じたが、ドラッグストアチェーンは企業の自由を引き合いに出した。

この2つの裁判の判決がどうなったのかは書いていない。まだ決着がついていないのかもしれない。だがEU裁判所の見解に従う場合が多いと最後に書かれている。

 

 

 

次にNDRの2021年3月4日の記事。

Streit um Kopftuch: Amtsgericht verurteilt Fitnessstudio | NDR.de - Nachrichten - Hamburg

スカーフ論争: 区裁判所はフィットネススタジオに有罪判決

区裁判所ザンクト・ゲオルグは火曜日に、スカーフを理由にトレーニングできないというハンブルクの女性の訴えを聞き入れた。フィットネススタジオは彼女に補償金1000ユーロを支払うことになった。

フィットネススタジオでトレーニングのコースを修了したかった女性が、スカーフを理由にスタッフに阻まれた。

「安全上、健康上の理由」と説明されるが、野球帽で筋トレする男性もスタジオにはおり、これはイスラム教徒差別だと感じた。

苦情の手紙をオーナーに送ったが取り合われず、裁判になり女性が勝訴、ということらしい。

またこの女性は、 Hamburger Antidiskriminierungsberatung Amira という組織に訴訟手続の援助をしてもらったようで、こういったケースをよく扱っているそうだ。

 

 

 

最後にAachener Zeitungの2021年3月3日の記事。ノルトライン・ヴェストファーレン州(NRW)の新しい法律についての記事。

Kreuz, Kopftuch, Kippa: NRW-Gesetz untersagt religiöse Symbole für Justiz

NRWの法律が司法官庁に対し宗教的なシンボルを禁止する

司法官庁の職員は裁判所や行政職の活動時に宗教的な特徴をもつシンボルや衣服、たとえば十字架やスカーフ、キッパをつけてはいけない。これは、デュッセルドルフ州議会が水曜日の夜に可決した法律によって規定されている。

禁止には世界観的な立場を表現するシンボルや服装も含む。この新しい規則は業務中の裁判官、検事、法務候補生や他の裁判所職員に適用される。司法に関わる者は外見上、偏った見方をしている印象を少しでも与えるべきではないとNRW州の法務大臣Peter Biesenbach (CDU) は討論の中で強調した。

この法律の発議は2018年の黒緑[CDUと緑の党の連立]州内閣のときからだ。専門識者はいくつかの点で一部にかなりの疑念を呈していた。事実上この規則はとくにスカーフをかぶったムスリム女性に適用されることになる。

さらにこの法律は顔を覆うことの禁止にも拡大する。

 

 

上のようなEU裁判所の見解、各州の法律、企業の規則はどれも少なくとも名目上は、イスラム教徒の女性のスカーフだけを標的にして禁止しているわけではない。そんな差別的なルールは大っぴらには作れないし、じっさいフィットネススタジオの事例のように明らかな不平等があれば差別と認定される。

しかし、目立つ大きさの物だけという条件や、顔を隠すことへ規制が拡大することなど、問題の中心にあるのがスカーフなのは明らかだろう。

教育や司法など、中立性が求められる職場で宗教がひと目でわかる服装を一定制限するのは理解できないわけではない。しかし一方でムスリム女性の視点から見ると、スカーフは別に宗教性を主張するアイテムではないらしい。
f:id:Ottimomusita:20210305085506j:image

この人は、 #GegenKopftuchverbot (スカーフ禁止反対)のハッシュタグをつけて、

「高齢の金持ちの男たちが成人女性に指定した衣類を脱ぐように強いていると想像してみて。考えられなくない?まったく非進歩的だと思わない?」と書いている。

コーランに書かれているのは「美しいところを隠せ」という意味のことだけで、これが「性的な部分を隠せ」と解釈されるらしい。ムスリム女性でも、どこが性的と思うかの範囲などによってスカーフをしたりしなかったり、人によって異なるのはそのためだ。たとえると、短パンを穿くか、長ズボンを穿くかという選択と同じようなことだろうか。

それが外部から見ると「スカーフ=イスラム教の象徴」になってしまうのは、馴染みがないゆえの単純化だろうし、それはやはり偏見だ。

外に出ている間ずっと当たり前にスカーフをしているなら外すのは難しいだろう。

逆に、仮にイスラム主義者が宗教的・政治的な示威行為を企んでいても、いつもつけているのが当たり前のスカーフでは喧伝の道具として成り立たないはずだ。スカーフだけでは、穏健なムスリムと外見上の差別化が図れないし、いつどこで意思表示をするかの調整もできない。

スカーフを取りたいと望んでいる人が、周囲のコミュニティや親族から強制されているという場合以外は、介入はどうしても不当になると思う。