if( localStorage['ga_exclude']!='1'){

記事紹介: ドイツ警察内の極右

このところ毎週のようにフランクフルトでアンティファのデモがある。

2018年の12月にセダ・バセイユルドゥスという弁護士が極右の警察官から脅迫FAXを受け取るというショッキングな事件があった。その後、警察内の極右関連事件や、極右団体のネットワークの有無を内務省や警察が十分に行っているのかが問題となっていた。

アンティファのデモでもスピーチでそのことに触れられている。そしてフランクフルト警察の事件や極右ネットワーク解明への姿勢も批判の対象になっている。


f:id:Ottimomusita:20200721185029j:image

Twitterで拾ったコラ画像

上: 3人の髪の黒い男がバス停に立っていたときのフランクフルト警察

下: 警察のコンピュータから殺害脅迫が送られたときのフランクフルト警察

 

近所の事件ということもあり、続報を調べたので紹介する。

以前の記事はこちら↓

 

記事紹介:フランクフルトの極右警官の事件について

 

記事紹介:フランクフルトの極右警官の事件について

 

今回見るニュースは、各州の状況をドイツラジオ放送が取材し概観したもの。割愛したがこの記事でもヘッセン州の話題から始まっている。

 

2019年12月のドイツラジオ放送のTom Schimmeckによる記事。

 

https://www.deutschlandfunk.de/rechtsextremismus-bei-der-polizei-zu-viele-einzelfaelle.724.de.html?dram:article_id=466389

 


警察での極右   あまりに多い個別の事件


警察において極右の考え方や行動が増えているとDlf[ドイツラジオ放送]の調査は述べている。調査された約200件という数字は26万人の公務執行官と比べると多くはない。しかし警察の体質は悪化していると専門家は警戒している。

 

北ドイツ放送(NDR)のニュースによると、

「シュヴァーリンの州裁判所で告訴されたSEK(州警察特殊部隊)の隊員は今日さらなる罪状を認めました」

シュヴァーリンの[メクレンブルク・フォアポンメルン州の]州裁判所の大刑事部で11月に長年州刑事警察官で精密狙撃手のMarco G.が告訴された。検察が彼を非難した内容によると、「Marco G.被告が電信チャットグループの『NORD KREUZ』と『NORD Com』を設立したことで、これらのメンバーは、ドイツ連邦が戦争や天災、経済衰退のため深刻な社会的危機に陥りかねないという思想で結束しています。そのような破局の犠牲にならないために彼らは危機的な事態、いわゆるXデーに備えています」

捜査のさいに銃、拳銃、ナイフ、スタングレネード、警棒、5万発以上の弾薬が見つかった。Marco G.の供述によるとチャットグループは60~70の参加者がおり、その中には警察や連邦軍のメンバーもいたという。迫る緊急事態にそなえ敵リストと呼ぶものを作成していた。そこには政治家、ジャーナリスト、芸術家や活動家など、数千人が載っていた。また死体袋や消石灰の調達も計画されていた。Nordkreuz複合体についてはさらなる訴訟手続きが係属中である。Marco G.に対する訴訟はシュヴァーリンで木曜日に判決があり、一年9ヶ月の勾留となった。執行猶予つきの刑である。

 
警察に極右のネットワークはあるのか。


すべては個別の事件なのか。それとも右翼過激派がこの公共機関内の進軍を開始したのか。

2011年から公になった犯罪と、ナチス地下組織や増大する憎悪犯罪の波についての捜査ミスがあり、また今年[2019年]の6月にカッセルの行政区官庁のWalter Lübckeが殺された事件や10月に会館で反ユダヤ主義者が大量殺戮を企図したあとでは、明らかになったことがある。それはドイツ連邦は極右の暴力の問題をかかえているということだ。さらに警戒すべきように思えるのは、極右が広まっているかもしれないところが、よりによって国家の暴力専有が根を下ろす場所取りつまり警察機構の中だということだ。

 

警察労働組合(GdP)の連邦議長のOliver Malchow。

Malchowの警察労働組合はジレンマに陥っている。一方で組合は人員を守り、ドイツの執行官は26万人もいることをかんがみて事件の件数は副次的だとし構造的な問題はないと明言する。他方では、機構内での組合は右翼の共謀にさらに対抗することを求めている。連邦や州の警察も右傾化を免れているわけではないからだという。Malchowが言うには、警察には過大な要求や疲労など抑圧があり、怒っている警官が多い。それで正しい共感を育めるだろうか。

「共感するとは言いたくないが、警察官も人間です。そして彼らは政治的な責任者に期待を抱いています。彼らはある面では問題のある状況に置き去りにされているようにも感じています。社会のゴミ箱のように。誰が想像できるでしょう」

 

多くの事件の全体は把握しきれていない

「単なる悪趣味から犯罪行為までここではすべてがある」とハンブルクの警察アカデミーの警察学教授Rafael Behrは認める。実証的な証拠はないが、事件の総体はほとんど把握されていない。

「私の評価では、役人上官や役所の幹部は過去数年間、民主主義に耐えうる職員が警察に来ていると強く過信していたと思います。そしてこの職業それ自体が過激主義の指標にもなりうるということをあまりに考えていなかったのです」

必ずしも極右でなくても警察指導官の言う「厳格化」については、永続的な経験を通じて失敗のもとになる。「任務での粗暴化」だとBehrは言う。彼の上官でハンブルク警察アカデミー学長のThomas Modelも同様に、

「ここで職業訓練を受けて、警察公務へと出ていき、その中でもっとも深刻な状況に身を置き、夜勤をして、犯罪者と対面し、特定の倫理観や立場に向き合い、そこで自分で観念を形成していく若い人たち。彼らは置き去りにされていると感じています。そして導くことが必要です」と述べている。

 

AfDは不満をもった警察官の支持を得ようとしている


AfDはその間に不満をもった警察官に全力でアピールしている。

Wagner(NRW ノートライン・ヴェストファーレン州): 「われわれは保護ベストや唾吐き保護頭巾がほしい。最近警察官として必要なものすべてを望みます。テーザー銃の導入も」

Hermann (MdB ドイツ連邦議員): 「私たちはAfDの会派として私たちの警察、私たちの勇敢な男女を後ろ盾となります」

Loose (NRW): 「警察官は人間でしょうか、それともならず者でしょうか」

Von Storch (MdB): 「左翼党や緑の党の汚い連中は警察と戦い、犯罪を保護して助長し、無防備にして私たちをアフリカの麻薬の売人やアラビアの氏族にあけわたすのです。」

すでに多くの警察官がAfDの国会議員として州の議会や連邦議会議席についている。たとえば警部のMartin Hessは、「AfDは、はっきりと言わせてください、しっかりと私たちの警察の側にいます。緑の党と左翼党は私たちの警察の敵だ」と言っている。

Behr: 「警察官のもつ懸念とAfDの提案にはいくつかテーマの重なりがあります。なので、君たちが政治で支持を得れば君たちはもっと成功するというこの議論は警察官に影響を与えやすい主張です。もし誰かが警察官たちのためにそれをすると約束すれば、そこにいくらか支持が集まることもあるでしょう」

「一方でこれは安全保障機関の職員に向けられたキャンペーンでもあります」とベルリンの法・経済単科大学の警察が専門分野の教授のChristoph Kopkeは言う。「彼らのモットーでは、国はお前たちを見棄てた、上からの反乱だ、メルケル政権は不法だ、抵抗しなければならない、となります。すでに過激派右翼からの正式な声明が安全保障機関、警察、連邦軍に対して出ています」

 

 

Dlf[ドイツラジオ放送]の極右事件についての調査

数ヶ月にわたり、ドイツラジオ放送は、全ての州の16の内務省および連邦警察とBKA[連邦刑事庁]を管轄する連邦内務省でより詳細なことを知るように努めた。回答は詳細さと質がさまざまだった。


詳細なものだけいくつか紹介すると。

 

ノートライン・ヴェストファーレン州: ノートライン・ヴェストファーレン州は現在いわゆる帝国市民[Reichsbürgern 現体制を否定する極右イデオロギーの支持者]の関連で4人の警察官の懲戒手続きを伝えている。「どの警官も懲戒期間中は停職しているか、すでに退職しています」去年、NRWの視察官が、極右の疑いがある警官について7件知られていると明らかにしました。

 

バイエルン州: バイエルン州内務省は2018年について警察で、憲法に敵対するシンボルを使用した1件、民衆扇動を2件を報告した。2019年には、メディアが取材で得た情報では、バイエルン州の捜査官は、さまざまな警察の部隊所属の約三十数名の警官のチャットグループ内で、反ユダヤ主義で極右の映像拡散に関わった。ミュンヘンの区裁判所は7月にひとりの公務員に民衆扇動で科刑命令を発した。

 

ハンブルク州: ハンブルク州は2013年から少なくとも6件を記録していて、ニーダーザクセン州は、過去5年[2014~2019年]に「極右との関係や帝国市民運動への関与の疑いのため7件の懲戒手続き」を記録している。今さらに1件追加で報告が来た。

 

ニーダーザクセン州: ハノーファーから送られた表では以下がリスト化されている。「外国人敵視の意見表明」が2回、「ナチスのシンボル使用」が1回、「ヒットラーの敬礼をした」のが1回、「法治国家の否定」が1回、「帝国市民運動への関与」が3回。

 

ザクセン州: ザクセン州では内務省は2014年以来16件あったことを報告した。2018年の秋に、2人のザクセン州のSEK[地方警察特殊部隊]の隊員が、エルドガンのベルリン訪問の際の配備のためのコードネーム決定のときに、NSUのテロリストのUwe Böhnhardtの名前を選んだことが知られている。

 

ヘッセン州: ヴィースバーデン内務省は、「とくにヘッセン州の警察署に設置された特別組織を通じ、警察官の潜在的な右翼傾向の小さな疑いもすべて懲戒や刑法によって追跡しています」と公表した。ヘッセン州は極右と戦っていることを示すために特別に熟慮しているようである。「NSU2.0」の弁護士Seda Başay-Yıldızへの殺害脅迫、これについては2019年にさらに脅迫FAXが来たが他にも、警官のチャットグループ内で喜ぶヒトラーの肖像、鉤十字、障碍者や難民のヘイト画像が共有され、さらに事件はある。2019年の春に38件の刑事および懲戒手続きが話題になった。

 

ブランデンブルク州: ブランデンブルク州からドイツラジオ放送にはすでに8月に2013年以来で10件の警官に対する手続きを報告しており、これらは主に民衆扇動によるものや「反憲法組織の標章の使用」のためだった。先週ポツダムからさらに11件が届いた。その中にはコットブスに駐屯する警官9人の懲戒手続きが含まれる。

ブランデンブルク警察機動隊の百人部隊は11月の気候保全対策同盟のエンデ・ゲレンデの抗議行動に対する大規模動員に参加した。彼らは、「ストップ エンデ・ゲレンデ」と書かれ、大きな壁画の前で警官の集団が映っている自撮りを投稿した。その壁画にはCottbusの市の紋章のザリガニが添えられていたが、これは極右とアイデンタリアン運動のシンボルとしても使用される。

これのことらしい。


f:id:Ottimomusita:20200721231726j:image

Cottbus市の紋章はこれ。

f:id:Ottimomusita:20200721231825j:image

ザリガニは殻とハサミがあるので自衛と抵抗の象徴と見なされるらしい。

 

写真が知れ渡ったあと警察は、「この集団は、中立性の決まりに違反していることが問題になったため動員から離しました」と伝えた。そのあとで言われていたのは、壁を上から塗るように命じられた警官がザリガニのそばに「DC」と残していて、これは極右組織「Defend Cottbus」の略だという。

 

連邦: [中略] もう一年も前に左翼党の質問に対して内務省は2012年から2018年の間に17件を列挙し、内容は「REX」(極右)と「Rass」(レイシズム)でラベル付けしてあった。その中で一番奇妙な事件は「目撃者として法廷に立ったときThor Steinar[ドイツの極右に好まれるファッションブランド]のズボンを履いていた」というもの。

 

ベルリン州: [中略]

2015年にベルリンで、Whatsappで同僚に極右のクリスマスの挨拶を送った警官が大見出しになった。とくに「ホー、ホー、ホロコースト」という表現が問題になった。


一番そっけない回答と思ったのはブレーメン州で、

ブレーメン州: ブレーメン州は、引用すると「レイシズムだとされるいくつかの個別の事件」を州の行政のための単科大学に登録しただけだ。

 

この非常に不完全なリストから合計で200件のドイツの警官の極右的な行為が明らかになった。

「これは、秘密の軍のようなものが組織されることを思わせます」と緑の警官のDobrowolskiは言う。「これはゾッとすることですし、もちろん今おおやけになっている事件だけでこれだけあるわけです」

Behrは「この極右主義についての私の問題は個々の極右主義者ではなく、警察内での風土が変わりつつあるということです。つまり、私の見たところ、後ろ暗いところのない者たちが影に隠れ、不正な者たちが堂々とするようになっています。彼らは臆することなくものを言い、以前なら完全に隠れてしか言えなかったことも言います。これは大学研究の中でも耳にすることです。そういう論評はいっそう大胆に、支配的に、硬直したものになっています」と言う。

今週の火曜日に連邦内務大臣のHorst Seehofer (CSU)は連邦警察と連邦憲法擁護庁に極右主義者の増加を案じる職員600人を追加で採用したことを発表した。さらに彼は、公務員内の極右の共謀解明のため新しい対策本部を設置した。ここでは役所の従業員の過激派運動との潜在的な結びつきを対象に究明をすることになっている。

Seehoferはこの件で批判もされている。また紹介する。

 

調査は許可されるべきである

憲法擁護庁長官のThomas Haldenwangは「これは個別の事件かもしれないし、これまでそう報じられてきました。しかし私の意見では個別の事件にしては多すぎるので、一度全体を調査してネットワークがないかを見なければいけません」

しかしいまだにほとんどの大臣と警察署長は警官の立場の調査を許可することに抵抗している。「責任者が私に異論を唱えて言うことは、当然のことで、いやはやそれが明るみに出ることなのです。そしてそれこそ問題点なのです」とハンブルクの警察アカデミー学長のModelは言う。すべての警察署は雑誌に「警察は過激派だ」と載ることを恐れているからだ。職員協議会と労働組合もまさにそれを心配している。

 

 

ヘッセン州は多くのスキャンダルのあと2019年の2月に、第一に学問的な研究を対過激派の情報および専門知識センターに委任した。一方でニーダーザクセン州は啓発に力を入れる。内務大臣のBoris Pistorius(SPD)は、「私たちは、極右や右派ポピュリストがこの社会を分断し人々互いに争わせ、人間を一級、二級、三級と区別させることを許さない。私たちは二度とそれを許さない」と述べた。

先月、ニーダーザクセン州内務省は「民主主義のための警察保全」キャンペーンを開始した。多くの場で、ドイツラジオ放送の調査結果でもわかったが、警察アカデミーで歴史が重要なテーマになってきている。たとえば警察の反民主主義傾向はワイマール共和国の時代にあった。

記事紹介: ドイツのコロナでのアジア人差別 おさらい

コロナウィルスが広まりはじめた当初、アジア人に対する差別が増えたらしい。

少し気にしてたんだけど、ぼく自身はドイツでそういう差別には遭わなかった。あるいは何か言われてたけど言語が聞き取れていなかったか、鈍感なだけだったか、わからないが。

仕事が休みになって、ひとりで外を散歩しているとき、おじいさんに路上で「あなた韓国人か」と聞かれた。

「いえ、日本人です」

そう答えると、

「ならコロナだな」と言った。

その人は穏やかな調子だったので敵意も感じず、

「そう。ここもそうだし、日本もさいきん広まってきて…」

ちょうど日本の感染拡大が気になっていたぼくはそう話し、じいさんもそれ以上何も言わずに離れた。今にして思うとあれがコロナ差別だったのか。真相はわからない。

そうこうするうちに世界中に感染が拡大して、むしろ西欧の方がアジアより大変なことになった。レイシズム関連ではドイツ、ハーナウのシーシャバーでの連続殺人や、アメリカのジョージ・フロイドの件の方がニュースの中心を占めるようになった。いつだって、レイシストたちは暇をもてあましているし、カウンターはあれもこれもと忙しい。

コロナレイシズムについて少しふり返ってここにまとめておくことにする。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

2020年4月、Nhi LeのZEITの記事

https://www.google.com/amp/s/www.zeit.de/amp/campus/2020-03/rassismus-coronavirus-asiaten-husten-oeffentlichkeit-diskriminierung

ICH.BIN.KEIN.VIRUS.

Seit Corona hat der Rassismus gegen asiatische Menschen zugenommen. Unsere Autorin traut sich nicht mehr, in der Öffentlichkeit zu husten, und ist wütend.

Von Nhi Le

筆者は、2月初めに電車内で男がこちらを見て「コロナがいるぞ。早く降りよう」と言った、という経験をしたという。ウィルス保持者呼ばわりされる不安は筆者の頭の大部分を占めて麻痺させ、いつも危険と隣り合わせになった。喘息持ちだが公共の場で咳ができなくなったそうだ。病院でも治療拒否などの差別があったらしい。

 

以下抄訳。

感染拡大の当初からアジア人やアジア系の外見の人へレイシズムが向けられていた。そのため #IchBinKeinVirus (私はウィルスではない)というハッシュタグもできた。

音楽学校が感染防止として中国人の入学試験募集を拒否した。ミュンヘンでひとりの男が中国人の隣人のドアマットに消毒液を散布し、頭を切り落とすぞと脅した。こういう敵意を毎日のように聞いている。

彼らの理屈ではアジア人=中国人=コロナ罹患者となる。白人は休みにIschglに行った人でさえ、あるアジアの人間ほどには感染していないだろうと考えるのだ。

※ イシュグル (Ischgl)というのはオーストリア、チロル州の町で、大きなスキー場がある。北イタリアは今コロナで大変だから、とドイツ人はここにスキーしに行ったのだ。同じアルプスなんだけど。スキー場を閉鎖するのが遅すぎたとチロル州役場は訴えられていた。

レイシズムについて話すと「感染が怖いからだよ」とよく言われるが、こういう反応は被害者にとっては自分の経験を否定されるようでつらい。

 

ほかにも、ジャーナリストのPhil Ninhはtwitterで、買い物中に女が咳をして「これがどこから来たかわかってるよね」と彼に言ってきたと報告している。ポッドキャスト配信者のThea Suhは、家族の家のドアマットに知らない人が消毒液を含ませたという。

そしてオフラインではあきたらずネットでもアジア人を悩ます人が多くいる。自粛で家にいる間、レイシズムをぶちまけるよりましな活動がなかったようだ。よくあるのは議論サイトのコメント欄、SNS、とりわけtwitterで、内容は排除や敵意、殺害予告にまで及ぶ。

 

ここ数週間で新しい規制のためのチェックを警察や市の公安局員がしている。非白人にとってこれはレイシャルプロファイル、つまり民族性にもとづく職質をされる懸念が高まることを意味する。

 

Nhi LeのTwitterアカウントはこちら。「コロナレイシズム」という言葉を作った人。Nhi Le (@nhile_de)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

2020年3月、Corinne PlagaとKatrin BüchenbacherによるNeue Züricher Zeitungの記事。スイスとドイツについて書かれている。

 

https://www.google.com/amp/s/www.nzz.ch/amp/panorama/coronavirus-rassismus-gegen-asiaten-nzz-ld.1543322

 

«Es bricht mir das Herz, dass ich als Schweizerin aufgrund meines asiatischen Aussehens beleidigt werde» – wie Menschen in Zeiten des Coronavirus Diskriminierung erfahren

抄訳。

Verena M.(仮名)は妹とスイスのLenzerheideで、レストランに行きたかったが、入口のところでどうやら歓迎されていないとわかった。「10人の若い男がこちらを見ており、ひとりが顔をそむけてことさらに咳をした。他の者もそれを真似た」「とても嫌な思いをし、外の席を探さなければいけなかった」とVerenaは話した。

 

Verenaの家族はSt. Gallenに住んでいて、Verenaは23歳で中国とベトナムをルーツにもつ。彼女の母と親類と電車の中で、向かいにいる二人の若い男に何度も「チンチャンチョン、コロナウィルス」のようなことを言われた。駅員に通報しようかと思ったほどだったという。「二人の男が降りるとき、バカにしたことを言う前にちゃんとした中国語を勉強したら?と言ってやればよかったと私は思った。」

 

Sang-Min Doは親が韓国出身でハンブルクで生まれた。彼が同じくアジア系の友人たちと地下鉄に乗っていると二人の若い男が「コロナ!コロナ!」と声をかけてきて携帯のカメラで撮影してきたという。そのあと友人らとその男たちと話をして、「彼らは攻撃的で分別がないことがわかった。理性をもって話していなかった」という。なぜあんな態度をとったのかという問いに男は「面白いと思ったんだ。それにまじめな話、あの人たちはみんなコウモリ食べてるから死んじゃうよ」と答えた。Doと友人らはその発言のため落ち着きを失い「まったく不愉快」になった。その加害者たち自身も移民の背景をもっていたそうだ。彼らの行動は他の人の憎悪を引き継いだもので「憎悪の連鎖」があるのだとDoは言う。

 

Frank Karindaは、シュトゥットガルトの近くで妻を待ち、息子と遊んでいた。老紳士の集団が彼の方を見てきて話した。その一人が「おや、コロナ風のやつがいるぞ」と言った。彼は苛ついて、それから言い返した。「で、他に何か問題あるか?」と男たちの方に尋ねた。彼らは無視した。あとになってから彼は「ナチス風のやつ」と言ってやればよかったなと思いついた。彼はそれほど不機嫌にはならなかったそうだが妻はもっとショックを受けていたという。

 

スイスやドイツにはレイシズムを取り締まる法律もあるが犯罪にまでなるのは限られたケースだけのようだ。

 

レイシズムの罰則は強度の侵害からしか守ってくれない

 

社会的なネットワークの中で差別に気づくことは被害者を助けるひとつの方法だ。法的な手段もある。ドイツでは一般的な平等処遇法が12年前から不利な取り扱いをレイシズムの形態ごとに禁止している。スイスでは20年前からレイシズム罰則がある。

 

しかし何が罰せられるかは個々の事例に応じてさまざまに判断される。「レイシズム犯罪に該当するには、かなり強度の攻撃でなければいけません」と刑法教授のDaniel Jositschは説明する。

 

この罰則は特定の条件が必要で、レイシズム的な処遇や意見が公共の場で行われていなければいけない。さらに被害にあった人が低い価値の存在として扱われ、尊厳を傷つけられた場合に限る。そこで初めて法律が有効になる。

 

被害者を守るための手段は他にもある。スイスの警察署はそういった事案はできるだけすみやかに通報することを奨励している。「これは私たちの仕事です」とツーク州警察の広報は話す。

しかし実際にどれだけの通報があったのかは書かれていない。各州や組織にレイシズム相談機関もあるようだが、チューリッヒにはレイシズム相談所(Züras)には今のところ「コロナ差別」に関する問い合わせは寄せられていないという。

 

VerenaはSt. Gallen出身で「生まれ育った国で外見のために差別を受けるのはつらい」と語る。シュトゥットガルト出身のKarindaはアジア的な外見で差別されるのは慣れていると言う。彼はすでに何度も門番にディスコの入場を拒否されたり、警察に身分証の提示を求められたりしている。

ハンブルク出身のDoはこれらの議論全体を肯定的に捉えている。これまでアジア人に対する差別は優先順位の低い議題でしかなかった。「だから公にこれについて話し合われているのはいいことだよ」と言う。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

2020年5月のMatthias MeisnerによるTagesspiegel の記事。

 

タイトルは「アジア人への攻撃 連邦政府はコロナ・レイシズムを無視している」

 

04.05.2020 | 12:17 Uhr

Attacken gegen Asiaten

Bundesregierung ignoriert Corona-Rassismus

https://www.google.com/amp/s/amp.tagesspiegel.de/politik/attacken-gegen-asiaten-bundesregierung-ignoriert-corona-rassismus/25798536.html

抄訳。

 

コロナレイシズムの被害者は、ドイツの政治風刺番組Heute Showで「Kung Flu」と罵られ、コロナウィルスの世界的な拡散の責任を着せられた。

カンフーとインフルエンザの英語の略語のフルを合わせたもの。

f:id:Ottimomusita:20200702175328j:image

これ、ぼくもテレビで見てた。

 

コロナレイシズムは、パンデミックの期間には、ハーナウでのレイシズム的な連続殺人のあとの3月中旬に「極右とレイシズムとの戦いのため」任命された内閣の委員会にとっては非常に喫緊の議題だったはずだ。メルケル自身が議長を引き継ぎたかったが、副首相のOlaf Scholz (SPD)が代理した。

 

ハーナウで連続殺人?そんなのあったっけと思って検索してから思い出した。シーシャバーが襲撃された事件だ。こんな事件ばっかり起きては忘れ起きては忘れてをくり返している気がして恐ろしい。

ドイツの水たばこバーで連続銃撃、9人死亡 犯人は自殺 - BBC News ニュース

 

この事件のあとレイシズムと極右対策の委員会が作られ、そこでコロナ差別も扱われることが期待されていたが曖昧なまま終わったということである。

 

この象徴的な委員会が進められれば、コロナレイシズムは議長みずからが当たるべき議題だったはずだ。しかし、連邦議員のFiliz Polat (Grüne) とMartina Renner (Linke)の会議での質問に対して連邦政府の答えたところによると、重要な議題はならなかったようだ。

 

「この新しく設置された委員会は今このテーマにとりかかるべきだ」と緑の党のPolatは要求する。コロナウィルスもそれに伴うレイシズムも短期間で解決はできない。レイシズムとの戦いを議論のテーブルの下に隠す口実としてコロナを利用してはいけない。


Rennerは嘆く。「任命から2ヶ月近くたって委員会が何をすべきかはっきりしない」危機のさなかではレイシズムと右派のテロと戦うことが重要だという。「たとえばアジア人への人種差別的な攻撃や、Xデーに備える警察や連邦軍内の右派ネットワークは十分にその理由になる」

 

警察統計ではたったの6件

連邦政府があまり策を講じていないことは、これまでコロナレイシズムについて多くを知らないこと、あるいは知ろうとしていなかったこととも関係しているかもしれない。Tagesspiegelには内務大臣の回答がさらに発表されている。それによると、4月23日時点で統計には、アジア出身やアジア人の外見の人へのコロナ危機と関連した政治的な動機の犯罪は6件が把握されていて、うち5件は右翼過激派界隈の犯人によるものだった。1つは違憲的な組織の標章の使用、3つは民衆扇動、2つは侮辱に関するものだった。

この情報によると「コロナというドイツ全体で有効な分類項目」が統計にはないため、データは不完全だ。内務省は「これまで知られている犯行の数をもとにしつつ、この件数が暫定的なものであることを考慮して、現時点ではCovid-19パンデミックを背景としたアジア出身の人への憎悪犯罪が増えている可能性について声明は出せない」と書いている。

Polatはこの回答を踏まえ「公示の宣誓」について話し、どうやら連邦政府はコロナ危機と関連した憎悪犯罪に関する根拠のあるデータを持っていないようだ、と述べている。「この調査結果では政府はこの形式の憎悪犯罪の増加をまったく把握できず対策もとれない。しかし私たちは信頼性の高いデータがこのような形式のレイシズムと戦うためには必要だ」


子どもが「ウィルス」や「コロナ」と呼ばれた

 この問題がさらに大きな側面をもっていることが別の調査からわかった。ドイツの反差別機関には、コロナ危機に関する差別とレイシズムの事件の問い合わせが4月の初めには55件、1月には1件、2月に32件、3月に23件あった。

被害者相談所協会のVBRGはTagesspiegelがもつ国内の統計の130以上もの件で、以下のものよりショッキングなものも提示している。子どもが「ウィルス」や「コロナ」と呼ばれたことや、バーデン・ヴュルテンベルクライプツィヒのアジアンレストランで鉤十字が落書きされたことなどだ。中国人は暴力を振るわれたり、「不潔な小包」と呼ばれたりした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

2つ目の記事でハンブルク出身のDoさんが、これまではアジア人への差別があまり注目されてこなかったと話していたが、たしかにその通りだろう。ふだんドイツ語でアジア人差別について検索してもほとんど記事は出て来ないが、コロナの時期にはどれを読んでいいか迷うほどヒットした。

今は特別アジアだけに拡大しているわけでもないのでコロナ差別も落ち着いたかもしれない。

一方で日本ではCovid-19をことさら武漢肺炎と呼びたがる人がおり、ウィルスと国籍を結びつけて憎悪する風潮にはまだ警戒しないといけない。

ヨーロッパでのコロナ差別について日本人が考える上でも、「中国人でもないのに」差別されるとか、「日本人も」差別されるとかいう発想はズレていると思う。対立や差別などの政治的要因より以前に人間に明確なサブカテゴリがあるわけではない。われわれアジア人がひとまとめに差別されているのだから、それを自認してその単位で連帯すべきだろう。

 

5月になってからドイツでもまたレストランが営業を始め、ぼくも仕事を再開した。

仕事に向かう道中、前を歩くブルカをした女性の集団がいた。彼女らはブルカの布をマスクに使っている。そのうちの一人に声をかけられた。

「あなた、韓国人?」

そう質問されたので、ぼくはちょっと緊張しながら答えた。

「いえ、日本人です」

「そう。注文のこと聞きたかったんだけど。ま、とにかくありがとう」

そう言って彼女はグループに戻っていった。連れだって、韓国料理店に行くのだろう。久々に外食できるようになりふだんと違う食事を楽しむ人が多いようだ。

感染の第二波がいつ来るかはわからないが、この街も今しばらくは休戦のひとときを過ごしている。

 

 

 

ヴィースバーデンでモロッコ料理

久しぶりに友達と会った。会って、河原を散歩して、ぼくはモロッコ料理が食べたい、という話をした。その友人はモロッコ系の人で、ヴィースバーデンにモロッコ料理のレストランがあると言っていた。それなら、と翌週その友人と初めてヴィースバーデンに行った。

ヴィーンスバーデンという名前はフランクフルトほど有名じゃないけどヘッセン州の行政の中心で、州議会があるのはここ。よく名前は聞くけど一度も来たことがなかった。車で30分くらい。


f:id:Ottimomusita:20200619194834j:image

駅の裏に車を停めて合流し、駅前から伸びる幅の広い大通りを下って歩いた。

瀟洒なベランダのある家がいかにもヴィースバーデンらしい住宅、だそうだ。駅のすぐ近くなのにやけに閑静だ。いったい家賃はどれほど高くなってるのか、考えると恐ろしい。


f:id:Ottimomusita:20200619195149j:image

「フランクフルトより好きだな」

彼がそう言う。

「静かだから?」

「うん」

フランクフルトはもっとごちゃごちゃしていて騒がしい。道もこんなに広く整然としていない。

「ケルンはもう行った?ケルンにちょっと似てないか?」

ケルンは行ったことあるけど、こんなんだったかな。2つの塔があるゴシック様式の大聖堂はケルンにもあったけど。ぼくは広い公園を挟んだ大通りが札幌ぽいなと思っていた。


f:id:Ottimomusita:20200619200704j:image

州議会に着いた。思ったより小さいし、ひとつは工事中だ。幕にもとの建物の写真を貼って済まされている。


f:id:Ottimomusita:20200619200538j:imagef:id:Ottimomusita:20200619200807j:image

同じ場所に大きなレンガの教会があった。マルクト教会というらしい。きれいだけどなんか張りぼてみたいだなと話す。


f:id:Ottimomusita:20200619201427j:imagef:id:Ottimomusita:20200619201733j:image

しばらく歩くと大きな殿堂が見えた。フリードリッヒ像と公園もある。大きい。こちらの方が州議会議事堂という趣きがある。


f:id:Ottimomusita:20200620005641j:image


f:id:Ottimomusita:20200619202615j:image

でもこれの中はカジノと温泉らしい。ヴィースバーデンの「バーデン」は温泉地という意味だ。噴水もミネラル豊富だ。f:id:Ottimomusita:20200619230923j:imagef:id:Ottimomusita:20200619231034j:image

カジノ宮殿の裏の公園には尾が長い緑色の鳥が飛んでいる。こいつらは動物園から逃げて繁殖した南米かどこかの種で、ドイツの鳥ではない。公園の中はその鳥たちのトロピカルな鳴き声で、鳥も飼っている温室の植物園みたいな雰囲気だった。

貸しボートもあった。

f:id:Ottimomusita:20200620004409j:imagef:id:Ottimomusita:20200620004459j:imagef:id:Ottimomusita:20200620004521j:image

ずいぶん歩いて、もう郊外に出そうだ。あるいは向こうには山があるのか。開発中なのか、取り壊しているのか。

こういう、この街はここで終わりです、というような景色が好きだ。描きかけの絵の白紙部分みたいに、舞台の袖のように、都市が人の手で作られていることを再確認できるのが

、軽くて心地よい。映画の『13F』や『ダークシティ』みたいな昔のSFの、この街は作り物だったのか!ていうのの日常簡易版である。


f:id:Ottimomusita:20200619232354j:image

ようやく目当てのモロッコ料理屋を見つけて、外の席に座った。SAYTOUNEという店名に、

「これはアラビア語でオリーブという意味だ」

と教えてくれた。

「あぁ、だからか」

テーブルを囲むようにオリーブの植木鉢が置かれている。

「オリーブは日本語で何ていうの?」

「オリーブ」

つきだしにも出てきた。店名になってるだけあって美味い。

f:id:Ottimomusita:20200619231603j:image

グリルの3種盛りとサイドメニューを友人が選んで頼んだ。

ジャガイモは、喩えが貧しいけどコンソメパンチを10倍濃縮したような味でかなり美味い。とくに料理名はないらしいが。

葉っぱで巻いてあるのは米と野菜をブドウの葉で包んで蒸したもの。これ、よくスーパーに缶詰めで売ってて何だろうと気になっていたのだ。桜餅のような香りがする。

肉のグリルもどれもおいしい。中東料理はやっぱり肉だ。

f:id:Ottimomusita:20200619233948j:imagef:id:Ottimomusita:20200619234050j:image

食後にお茶を頼んだ。ミント入りの緑茶。ミントは大きな葉のものが枝ごと入っている。モロッコではこれが一般的らしい。

家では、火薬に似ていることからガンパウダーと呼ばれる中国茶の粉末を使って淹れる。焙煎した茶葉を使うレシピもあり、これはすぐに味が出るので早く淹れる。急須を持ち上げて高くから、泡立つくらい勢いよくコップに注ぐことで香り立ちをよくし、砂糖も溶かすのがコツ。砂糖を入れない人も多いが入れる人は大量に入れる。と、解説してくれた。酒を飲まない地域って甘党の人多い気がする。

f:id:Ottimomusita:20200619235232j:image

前回会ったときもらったクッキーの容器に日本のお菓子を入れて返した。友人のお母さんがラマダンのときに作ったクッキーで、スパイスが効いていて甘すぎずおいしかった。


f:id:Ottimomusita:20200620002513j:image

フェンネルの種っぽいけど、もう少しお菓子らしいスパイス。あのスパイスは何かと聞くと、知らないらしい。

「あれだよね。エキゾチックな、…いやオリエンタルな香りの」

彼がエキゾチック(異国情緒ある)というのはたしかに変だ。彼の姉に聞いてもらい、姉も知らず、調べてもらって、アニスとわかった。

ふむ。当たらずとも遠からず。ぼくはカレー作り出して、ちょっとスパイス覚え始めてる。フェンネルとアニスは、カレーに欠かせないクミンと同じセリ科のスパイス。

クミンはキョフテとか中東料理にもよく使う。

フェンネルは、インド料理屋に口直しのためにレジ横においてあったりするが、ドイツでは野菜として葉を食べる。

キャラウェイもセリ科の仲間で、これはザワークラウトとかドイツ料理によく使う。

 

帰りはローマ時代の門のようなものを見た。上に登ると子どもの遊び場から街を見下ろせる。


f:id:Ottimomusita:20200620004125j:image

f:id:Ottimomusita:20200620004251j:image

 

 

 

記事紹介: ドイツの学者のイスラム批判

社会学者のKoopmansさんがイスラム教を批判する本を出したというインタビュー記事。

 

 

Radikaler Islam und Verfall der Demokratie „Die muslimischen Länder rutschen immer tiefer in die Krise“ Hans Monath

 

急進的イスラムと民主主義の没落

イスラム教の国々はますます深刻な危機に陥りつつある」

Hans Monath

原理主義イスラム教徒の社会を破壊していると社会学者のRuud Koopmansは言う。宗教とその変革、またThilo Sarrazinについての対談。

 

Ruud Koopmansはフンボルト大学社会学と移民研究の教授で、社会調査のためのベルリン科学センター(WZB)の移民、統合、国の越境の支局の局長である。

 

インタビュアー:  Koopmans先生、なぜあなたは社会科学者としてあなたの新著『イスラムの崩壊した家』の中で、20億の信者がいる世界宗教を批判したのですか。

Koopmans:      私はイスラム教に敵対的なのではなく、批判的です。私はイスラム教を世界宗教として批判していません。私が批判しているのは過去40年間のイスラム世界での原理主義の増加です。1979年は、イランでイスラム革命があり、メッカの大きなモスクへの攻撃があり、ソビエト連邦アフガニスタン侵攻があり、イスラム原理主義の拡大にとって決定的な年でした。それが原因でイスラム教の国々はしだいに深刻な危機に陥りました。

 

イ:  どのような基準でその危機をとらえていますか。

Koopmans:  ひとつの非常に重要な問題は民主化の基準です。60、70年代から民主主義は、南欧ラテンアメリカなど、世界で大きな進歩を遂げました。今民主主義のイスラム教の国はセネガルチュニジアの2つだけです。

 

イ:  他の判断基準は何ですか。

Koopmans:  私はイスラム教の国々の人権の状況を調査しました。女性や同性愛者、宗教的マイノリティの権利です。これらすべての分野でイスラム教の国々での状況は過去数十年で悪化しており、国際統計では最下位にあります。

 

イ:  イスラム教の国々の暴力の歴史はどうですか。

Koopmans:  それは私の著書の中で重要な役割を担っています。私は戦争や内戦での暴力の状況を調査しました。その結果、今すべての戦争や内戦の約4分の3がイスラム教の国間やその国内で行われているとわかりました。イスラム教のテロはここ数十年で膨大に増えています。世界中のテロリストの犠牲者のおよそ85%はイスラム過激派グループのためです。

 

イ:  希望のきざしは見つかりませんでしたか。

Koopmans:  少なくとも経済分野にはありません。成功した産業国はほとんどイスラム世界の外にあります。たとえば70年代に似たような経済水準だったエジプトと韓国を比べると、韓国は西洋の豊かさと結びつきを得たのに対し、エジプトはたいていの他の国より悪い状況にあります。

 

イ:  イスラム教の国々の停滞には他にも理由はないのですか。たとえば植民地主義の遺産など。

Koopmans:  私は他の原因説明を検討し、それらは非イスラムの国々とイスラム教の国々の違いの原因ではないという結論に至りました。イスラム教の国々の多くは、イランやトルコのように植民地化されていなかったり、シリアやイラクのように短期間のみでした。私自身驚いた研究結果なのですが、長く植民地化されていた国の方が、特定の機関や価値観が広まっているため他よりも人権や民主主義に関して良い状態にあります。もちろんそれで植民地主義を事後に正当化するつもりはありません。

 

ここ。植民地主義は、領土を奪って植民地支配をしている最中だけの話だったっけと引っかかった。日本は植民地支配をされてないしむしろしていた側だけど、それでも欧米の人から植民地主義的な目を向けられることはあるんじゃないか。「あいつらは遅れているから導いてやろう」という態度で干渉を正当化するのも植民地主義と呼ばれるんじゃないか。主張内容はリベラルでまっとうでも。

 

 

イ イスラム教への不安は不合理だと多くの人が思っています。これは適当ですか。

Koopmans:  いいえ。イスラム原理主義への不安はイスラム教徒ももっています。それは死と荒廃の種をまくからです。西欧の国々でもある集団はこれらの現象を恐れる理由があります。イスラム教共同体の中の女性や異なる信仰をもつ人、同性愛者のことを考えてみてください。そしてイスラム原理主義者のテロはイスラム教徒だけでなくすべての人を脅かします。まちがいなく恐れる理由はあります。

たぶんこの人の著書の中ではきちんと分けて論じられてると思うんだけど、この発言だけ見るとイスラムへの不安という文脈でドイツのイスラム教共同体とテロ組織が並列に述べられていて危うい感じがする。

ドイツのイスラム教共同体やモスク共同体は、共同体によってリベラルなとこも保守的なところもあるらしいが、基本的に法律はちゃんと守っている。

前に紹介した犯罪学の論文には、訳出していなかったが、結論に「イスラム教徒の難民がモスク共同体に入れることも適応の成功に欠かせない。モスク共同体では仮借や異論はなしにドイツの法律の重要性を認めている」とあった。また、こういった共同体からあぶれた若者が過激派組織にリクルートされる、とも述べられている。

もちろん保守的な共同体には内部に差別構造があるだろうし、長期的には改善していってほしいけれど、イスラム教徒でひとくくりに不安の対象とすることは社会への統合を妨げてけっきょくは過激派組織に向かう人を増やすことになるんじゃないか。

 

 

イ:  そうするとあなたはイスラム原理主義を極右のような民主主義に対して危険を及ぼすようなものと考えているのですか。

Koopmans:  イスラム教の国々では民主主義は徐々に損なわれているか廃止されています。西欧の移民社会ではイスラム原理主義と極右は、社会構造上の条件やイデオロギーの機能を見れば非常に似ています。ここで忘れてはいけないのは、ドイツの人口の約4%というマイノリティであるイスラム教徒の中で30%が原理主義を支持しているということです。これはもちろん絶対数では極右の支持者よりすくないですが。

 

イ:  これまでのところ学問と一般大衆はあなたの調査結果にどう対応していますか。

Koopmans:  宗教の影響を認めようというきざしは残念ながら非常に少ししか見られません。イスラム世界での宗教的マイノリティや背信者、女性や同性愛者の抑圧に対する無関心はショッキングです。これが私がこの本を書いた主な理由のひとつです。政治とメディアにはこれらの問題に対する宗教の重要性を認めようとしない傾向が強いです。「イスラム教」に関する限りではそのとおりです。しかしこれらの問題には無視できない宗教的な側面があります。

 

イ:  あなたはたとえばAfDの政治家Björn Höckeのような極端な右派の代表者があなたの著書を政治的な武器として利用するかもしれないとは考えませんでしたか。

Koopmans:  極右が私の著作を政治的議論で弾薬として利用するなら私にそれを妨げることはできません。しかし私は現実の問題を詳述しています。なので外国人敵視やイスラム嫌悪の人たちがイスラム世界の弊害を指摘するのに何も私の著作にたよらなくてもできます。彼らはすでにそうしています。本を読む人はこのテーマに違った視点がもてることに気づくでしょう。

 

イ:  つまりあなたは、イスラム教の国々からの移民がドイツの裕福さと教育水準を下げていると述べるThilo Sarrazinのような説は主張していないのですか。

Koopmans:  していません。Thilo Sarrazinが主張しているのは、7世紀の伝統をそのまま21世紀の現代の行動の指針としてうけとれば原理主義者がコーランの解釈に権限をもつだろうということです。彼の主張は、原理主義的な解釈だけが唯一可能な解釈でありそれが真のイスラム教を表しているというものです。そのため彼は原理主義者と同じメッセージを発していることになります。それに対して私はイスラム教の改革の可能性を信じています。

 

イ:  誰がその改革を進めるべきですか。

Koopmans:  イスラム教の国々にもドイツにも革新的なイスラム教徒がいます。彼らにとっては簡単ではありません。ドイツでも彼らはいくつかの既存の大きなイスラム教連盟に攻撃されています。つまり、これらのリベラル勢力がもっと多くのドイツ一般市民の支援を受けるべきです。

 

イ:  あなたはイスラム批判者がどんな危険に晒されているか話していますね。あなたの持説がいったん広く議論されるようになったら、ご自身の安全については恐れていますか。

Koopmans:  

そうする理由はありません。この本は昨年すでにオランダで出版されています。そこでは好意的に受け入れられています。私はイマームとも何度か議論しています。私はドイツで議論のきっかけを与えることを望んでいます。これまでは二極化した議論があったと思います。一方では問題はイスラム教と何も関係がないと言い、他方はイスラム教は改善できない災いだと見なしています。もし私たちがそれを乗り越えたなら、私の著作のメッセージが届いたということです。

 

80年代から原理主義が増加したといのはよく聞くけど、原因は何なんだろう。歴史を知らないのでよくわからない。西欧に対する不信からフェミニズム自体が侵略の方便のように見られてしまっていると、ここの記事で語られていた。正論でも、どういう立場から誰のために主張するのかよく注意しないといけないのだろう。

イスラム教の改善を信じているというのはまことに良識的で無難だけど、善いイスラム教徒と悪いイスラム教徒を外野からジャッジして、それでイスラム嫌悪に反対してますと言えるのかも、かなり疑問。

 

トルコ本国のイスラム教徒は、ドイツのトルコ系移民よりも世俗化していて酒とかふつうに飲むらしいけど、やっぱりアイデンティティって他人との比較だからドイツにいるほうがイスラム教徒であることを強く意識するのかもしれん。

 

ニューロ・ダイバーシティからみた「不要不急」

東京新聞:<新型コロナ>発達障害児、窮地 在宅でリズム崩し自傷 親もストレス懸念:社会(TOKYO Web)


https://amp.tokyo-np.co.jp/s/article/2020042590135019.html?__twitter_impression=true

 

https://youtu.be/fiqT2RDOOpM


f:id:Ottimomusita:20200513022518j:image

https://twitter.com/vA3MU4RWCWTsQr7/status/1257394448868270080?s=19

 

ちょっと大げさなタイトルにしたが自閉症の人の支援の仕事をしていた者として今の感染症政策について書きたい。

上の記事で話題になっているように、コロナのためいつもの活動ができない知的障害者、または自閉症者が不調をきたし、その人々のいる家庭にも負担がかかっている。そして行政や専門家会議はそれに対応できておらず、その上できていないことをはぐらかしているという現状である。


なぜ、知的障害者、とくに自閉症をもった人はふだんの活動ができないと窮地におちいるのか。直接当事者と関わったことのない人にはピンとこないかもしれない。介護を必要としている人ならともかく、健康な人の日中活動であれば「不要不急」ではないのか。そう思うかもしれない。


自閉症の特徴のひとつとして、彼らは先の見通しを立てるのが苦手だ、ということが言われる。目に見えるものをもとに考えるのが得意な彼らは、時間という目に見えないものの管理がうまくできない場合がある。そのため支援者は絵で分かるスケジュール表などを作成し、彼らが自分の活動を作っていく手助けをする。それが自閉症者支援の大事な部分のひとつで視覚支援と呼ばれる。

日頃からこのように分かりやすい提示をして地道に作ってきたスケジュールが成り立たなくなると、何をすべきかの手がかりを失い、同じ行動を繰り返して時間を過ごしたり、ときにはパニックになったりする。


この辛さは想像するしかないが、たとえば、何もない真っ白な部屋に閉じこめられそこで理解できないことばかり起こる中、それでも何か対処しなければいけない、という状況になれば定型発達の私たちも同じような苦しみを味わうかもしれない。

このような仮定の状況を表現したような演劇がある。ハロルド・ピンターの『料理昇降機』(The Dumb Waiter おとなしい給仕)だ。二人の暗殺者が部屋で待機しているが、なぜか部屋には料理を運ぶ小さなエレベーターがあり、料理の注文が来るという不条理劇だ。もしやってたらぜひ見てほしい。演劇の常識というか、人間の当たり前のあり方を揺さぶるような不穏さがある。


今、コロナの感染拡大防止のためさまざまな「不要不急」の活動が自粛されている。規制ではなくあくまで自粛だそうだ。

不要不急とされる活動は主に、音楽のライブ演奏や飲み会、スポーツイベント、演劇などで、文化的な活動が多い。

緊切で必須なエッセンシャルワークとされるのはたとえば、病院、スーパーマーケット、入所の介護施設など直接生命維持に関わる仕事、家事や家庭を支える配達やメンテナンスなどの仕事だ。

この区別は、人間に2つの側面があることを前提としている。人間は文化をもつ社会的な存在で、人と会い、物を創造し、議論したりする。他方で人間は生物でもあり、食べたり寝たりしないといけない。そのために掃除や料理、洗濯をしないといけない。そういう生命維持の労働も必要としている。

今は人が集まる活動はコロナのためお休みして、後者の生命維持の労働に専念しよう、と言われている。そして、でも社会的文化的な活動も人間にとっては不可欠なんだよ、と教養を重んじる立場の人が前者を擁護する。

 

「不要不急」の行動の必要性はヒト以外にもある。

動物行動学では、知能は「新奇な問題を一定の時間内に解決する能力」と操作的に定義されているが、これは目的を達成したかどうかを基準にした方が客観的に観察できるためだ。しかし実験場面以外で観察していると、知能の高い動物の行動はむしろ目的のない行動の方が特徴的なものとして目につく。カラスは食べ物でないものを拾って隠したりするし、イルカは食べない海藻を鰭に引っかけたり咥えたりして泳ぐ。こういう行動はよく遊びと見なされる。遊びのような、直接生命維持や繁殖に関係のない幅のある行動が知能の高い動物に宿命づけられているようである。


自閉症の人も普段から、生命維持に必須ではない活動や余暇の過ごし方というものをもっている。しかし、そのいくつかは定型発達の私たちから見て、文化的社会的に不適切と見なされ、「問題行動」と呼ばれ、怒られたり止めさせられたりする。そこで自閉症の支援者は、少しでも社会のフォーマットに合致した活動を考え、当事者に提案し、社会との関係を調節する。それも支援者の仕事のひとつである。


定型発達者の文化的社会的なフォーマットは、とくだん文化的と呼ばれる活動だけでなく、食事の食べ方や時間、服装や着替える場所など、日常生活のあらゆる分野に及んでいる。このフォーマットから逸脱すると奇異の目で見られるため、やり方の習得が必要になる。

習得すべきことをひとつひとつ見ていくと、定型発達の私たちはこういう常識や決まりを挙げはじめればキリがないほどもっており、まるで四六時中台本通りに演技をしているかのように生活していることがわかる。ちょっとした物にも書割による場面転換や舞台装置のような意味があり、小さな行為にも台本がある。自閉症の人は、こうした意味や台本を汲み取ることが苦手で、どちらかといえば個々の物をそのままに見ることを得意としている。これは優劣ではなく観点の違いだ。


人間の生活は、不可欠な生命維持の労働の上に、文化的社会的な活動があって成り立つと考えられている。これはおおむねその通りだが、生命維持の労働もじつは文化的社会的なフォーマットにもとづいて行なわれている。そしてそのフォーマットは定型発達者を中心に作られている。それに基づいて「今は仕事の時間、今は食事場面、今は食後のリラックスしたひととき」と場面が区切られ、時間の管理はほとんど意識せずにできるほど容易になる。


このフォーマットが自分に合っていない人の場合、まるで事情が違う。習得した第二言語のようなフォーマットが食事、仕事、余暇のすべてに及び、それが崩れると時間の管理が困難になる。そこに不要不急な文化的活動とエッセンシャルな活動という区別はない。日中活動を不要不急として中止させられることがより大きな打撃になるのはそのためだ。


文化は余剰ではない。そしてそれは文化と教養を重んじる人たちが、「人生には不要に思える文化活動こそ大事なのだ」というのとは意味や深刻さの度合いが違う。文化はそれ自体は善い物でも悪い物でもなく、生活のあらゆる場面に入り込んでいる。余剰としての教養も大事だろうが、神経発達の多様性(ニューロ・ダイバーシティ)を考慮に入れた人間観には、文化や社会についてこういう人文主義とは違った見方が必要になるのかもしれない。

論文紹介: ドイツの移民ケア労働者 後編

ドイツでの移民のケア労働者をめぐる状況について論文を調べた。その後半。

以下の論文は主に法律について書かれている。

http://www.ethik-und-gesellschaft.de/ojs/index.php/eug/article/view/2-2013-art-2/51 [pdf]

http://www.ethik-und-gesellschaft.de/ojs/index.php/eug/article/view/2-2013-art-2

Constanze Janda

 

Feminisierte Migration in der Krise? Pflegearbeit in Privathaushalten aus aufenthalts-, arbeits- und sozialrechtlicher Perspektive

女性化された移民は危機にあるか 在留、労働、社会福祉の観点から見た私的な家事でのケア労働 

 

Constanze Janda

前半は、ドイツでは福祉による介護給付だけでは足りず、移民がよく家庭労働に雇われる。

そのケア労働をするには東欧や非EUからの移民が多い。

しかし、需要はあるがケア労働者募集のための法的な枠はあまりない。

そのため移民ケア労働者は不安定な働き方やときに違法労働をよぎなくされている。

という話だった。後半はそれら不安定だったり非合法だったりする中で働くケア労働者について、労働法や社会保険社会保障の観点から書かれている。

 

要点
  • 労働者としての権利はドイツが批准しているILOの家事労働者条約で保障される。しかし、労働時間や解雇猶予などの保護の実現は不十分。
  • 社会保障はドイツに長く住む人のためのものなので移民は排除されがち。
  • 社会保険は一定収入以上あれば加入できる。家庭で雑用をする労働者には雇用者が代わりに保険料を払う規則がある。


まず労働時間などを決めている労働法。


3. 労働法的な評価

家庭での労働は文書に残さないことが多く把握されにくい。

まさに住み込み労働者についての実態把握はおろそかにされがちだ(Hess 2008, 104)。これは直接に、雇用関係での労働法の基準の遵守や社会保障への権利に影響する(Jungwirth/ Scherschel 2010, 123)。


3.1 非雇用者の地位と自営業の比較

社会学の論文では長らく、家庭や家族労働も「労働」であるという認識が必要だと主張されている。

ケアの仕事は法的にはi.S.v. § 611 Abs. 1 BGBのサービス業だが、自営なのか雇われなのかの判断が難しいそう。

 

とくに住み込みでケアをする人において、自営業だとみなされた独立業、すなわち古典的な名ばかり自営業のケースが問題になる(Moritz 2007, 150; Shinozaki 2009, 75; Frings 2010, 66; Frings 2011, 91; Schmid 2010, 187; Kretschmann/ Pilgram 2011, 116; Tießler-Marenda 2012, 106)。


3.2 住み込みケア労働者の労働法的な保護

住み込みでケアする人が被雇用者の地位を是認されても自動的に包括的な労働法的保護をともなうわけではない。住み込みケア労働者の権利である被雇用者の権利は、BGB(民法典)の発効まで有効だった奉公人の権利にもとづいていたが、その法体制は民法典で時代遅れになった(Richardi 2009, § 18, Rn. 15; Scheiwe/ Schwach 2012, 327)。

 

3.2.1 雇用の禁止と労働契約の有効性

被雇用者が契約にあるサービスを提供すれば、その雇用者は誤った労働関係の原則にしたがい賠償を負う。この賠償請求ははっきり法的に定められている(§ 98a AufenthG)。

 

じっさいの労働関係から権利の行使を望む場合、文書によらない被雇用者は解雇のみならず違法在留の発覚、それによる追放の危険にさらされる(Tießler-Marenda 2008, 7)。そのため彼らは搾取的な労働条件で働く。

 

3.2.2 国際法的な基準

2011年の6月にIAO[=ILO: 国際労働機関]は家庭使用人の権利についての協定を可決した。この協定は家庭内でする仕事を労働として認めている。家庭労働はArt. 3 IAO 189によって他の(生産的)仕事と同等の立場に置かれ、それによって権利面、とくに労働権や社会権で「可視化」(Boni 2011, 581)される。

 

暴力や性的な侵害から守られ(Art. 5)、適切で公正な労働条件(Art. 6)と法定労働時間(Art. 10)、国際法的にいきとどいた最低賃金(Art. 11)、健康保護のための措置(Art. 13)やその他いくつかの権利がある (im Einzelnen Boni 2011, 582f.; Scheiwe/Schwach 2012, 308ff.)。

 

唯一の分類指標は仕事の実施場所、すなわち他人の家庭での家政労働の実行であり、就労者が住み込みかどうかは問わない(Boni 2011, 582; Kocher 2012, 4; ILO 2013, 8)。なされる仕事の「身分」は問題にされない(Kocher 2013, 930)。家事労働かケア労働かの区別もされず(Scheiwe/Schwach 2012, 329)、いまや家庭使用人のする仕事はグローバルにはっきりと識別されている(ILO 2013, 7)。


これのことだ。

2011年の家事労働者条約(第189号)

この条約は大きい。どれだけ実現してるかはともかく上に書かれた権利は国際法的には認められたことになる。

日本はまだ批准していないが、今後移民流入を増やすなら必須だろう。

 


3.2.3 解雇保護

クビを通告してから失業するまでの猶予期間が解雇保護だ。上の条約には解雇保護についての基準はまだないそうだ。なので他の職と同じようにドイツの法律に従う。

しかしどれくらいの猶予期間が解雇通知に妥当かははっきりしていない。§ 622 Abs. 1 BGBは4週間の猶予を規則として設定している。これは§ 622 Abs. 2 BGBの基準で、どれくらい長く「会社や企業の中で」労働関係が成立していたかによって延長される。ケア労働者の働く家庭が企業と格付けされるかは定まっていない。ほとんどの場合これは否定される。


つまり家庭は企業ではないとされ、保護が受けられない。しかし筆者は法学的な企業の概念を再考し、家庭も企業と見なしうるとする。

ケア労働者が働く家庭を企業と判定することは完全に可能であるので、§ 622 Abs. 2 BGBの解雇期間の延長が適応される。

 


3.2.4 労働者保護

労働者保護は、職場での衛生や健康の保護のための法制度。

上の条約189号に規定されていて、家庭労働者も国内法や慣例で適切な保護を受けることになっているという。該当する国内法は労働関連の法律ではなく民法(BGBの§ 617と§ 618)だそうだ。

 

BGBの§ 618 Abs. 1と2によると、労働者が働いていることや、宿舎していること、食事、時間的負担、健康や宗教上のニーズ、プライベートにてらして配慮されるべきである。したがって雇用者はそのために住み込み就労者に特別な配慮の責任を負い、それは被雇用者の安全や健康保護を対象とする。

 


3.2.5 労働時間

労働時間法の特別基準では、家庭でいっしょに生活しケアに従事する就労者には適用されない(§ 18 Abs. 1 Nr. 3 ArbZG)。妊娠中や授乳中の母親や未成年者でも住み込みケアで働いている人には制限された保護しかない(Richardi 2009, § 18, Rn. 18)。


ILOの条約189号で守られているのではなかったのか、と思うが、ドイツの国会では条約の条項にある権限を使って保護対象からあるグループを除外しているらしい。その言い分としては家庭で生活するケア要員は労働時間と自由時間の区別ができないし、§ 618 Abs. 2 BGBで守られているから、だそうだ。なので労働時間法を適用しない規則の枠(§ 18 Abs. 1 Nr. 3 ArbZG)に入れられている。

しかし筆者は、住み込みケアはそれに当てはまらないとしている。根拠は雇用者ではある家族の命令下にあり(Frings 2010, 68; Tießler-Marenda 2012, 110; Scheiwe/Schwach 2012, 338)、要件であるAbs. 1 Nr. 3で言う「自己責任で」の仕事と言えないから。また住み込みで家計を共有していると言ってもそれは給料のようなものでAbs. 1 Nr. 3で言う「共同体」ではないからだという。

本来なら§ 618 Abs. 2 BGBによって実現する労働時間の保護はとくに住み込みケア特徴的な性質があるため不可欠である。つまりその仕事は感情的に激しく消耗し、空間的距離が少なくケアされる人との結びつきが強いからだ。したがって労働時間と余暇時間はかなり重なっており、そのためケア労働「際限ない労働」(Kretschmann 2010, 212; ähnlich Bachinger 2010, 410; zur Empirie ILO 2013, 55ff.)と呼びうる。


労働者としての権利は国際法があったが、以下は社会保障社会保険による給付はもらえているのかについて。じっさいケア移民はあまり保障されていないようだ。


4 社会保障

福祉法典の適用範囲は§ 30 Abs. 1 SGB Iにもとづき、権利をもつ者が住まいか常用の滞在場所を国内にもっている場合のみ開かれる。

 

まさにこの必要条件のために住み込みケア労働者は要件を満たさない。彼らは国内で生活拠点を持続的に長引かせようという目的はない。


ドイツと出身国を行き来する振り子移民が多いのだった。

したがってケア労働者は出身国の社会保障制度を受けるが、ドイツの福祉法は基本的に一時的な移民に保障を許可していない。このことは、求職者への基本保障(§ 7 Abs. 1 S. 1 Nr. 4 SGB II)や、子ども手当(§ 62 Abs. 1 Nr. 1 EStG)や親手当(§ 1 Abs. 1 Nr. 1 BEEG)のような家庭助成金の給付にも当てはまる。§ 23 SGB XIIによる生活費への援助すら、物理的に国内にいることのみ前提としているが、帰国支援しか許可されない(Janda 2012, 267)。しかし一方で出身国の社会保障は、不在期間のために習慣的な在留がなりたたない場合には危うくなることがある。

 

4. 1 社会保険による保護の権利

社会保険は在留のし方ではなく就業に応じて加入が決まる。一定期間就労していて一定の収入があると有効になるそうだ。

 

4.2 私的な家庭での細かな仕事

§ 8a SGB IVでは私的な家事の中の雑務に対してさらに規則がある。そのひとつとしては§ 8a S. 2 SGB IVに規定された定義にもとづいて、仕事が「私的な家庭にもとづいていて、ほんらいはその家庭のメンバーによってなされる仕事である」場合である。そこで扱われるのは個々の資格を必要としない仕事であり、したがってまさに家庭での典型的な業務、たとえば掃除や食事の準備、さらに子どもやケアを必要とする人の世話である(dazu Reinecke 2013, Rn. 34)。

これに該当すると被雇用者は保険料を払わなくてよくて雇用者が総額を払うことになるらしい。

法定傷害保険でだけは、細かな仕事をするケア労働者は§ 2 Abs. 1 Nr. 1 SGB VIIにもとづき適切に保護される。

 

 4.3  違法な在留での社会的保護の適用可能性

違法在留をして働いていても社会保険の保護は有効だそうだ。

一方でじっさいには社会的保護を受ける権利からはやはり排除されている(Tießler-Marenda 2008, 6)。これはじっさいの雇用関係での獲得した社会保険上の請求権の行使でも、医療給付の利用権でもあてはまる。


この辺がよく分からなかったが役所に申請に行くと違法在留がバレるからじっさいには権利行使できないということだろうか。

 


5 オーストリアでの経験

オーストリアでは移民ケア労働が役所に捕捉されていて、ドイツのようなグレーゾーンが少ないそうだ。しかしこれは違法労働を暴くことが主要な目的だそうだ。

オーストリアは強い社会的政治的圧力を理由に2006年に存在する違法ケア市場の規制を決定した(Bachinger 2010, 403)。

24時間ケアはHausbetreuungsgesetz (HBeG 家庭養護法)の中で許可された。税と福祉法の規則を通じてケア要因に通告を促した。つまりその目的はとくに違法な労働契約の存在を明らかにすることにあった(Schmid 2010, 188f.)。

しかし、この合法化が家族の中で就業する移民女性の実際の状況の改善につながるかはまた別問題である。法制化は存在する違法で非公式な構造をとりあげるだけで、基本的人権との調和に努めるわけではないからだ。したがって法制化は形式的なだけで物質的には実現されず(Kretschmann/Pilgram 2011, 120; Moritz 2007, 150; Bachinger 2010, 410)、緊急に必要なケアセクターの新しくつくるのを遅らせる立法府の時間稼ぎである(Kretschmann/Pilgram 2011, 114)。

 

まとめではケア移民がちゃんと働ける法整備が必要だとくくっている。

 

 

 

 

思わぬ休暇

先週、ウィルスの影響でドイツは人道的難民受け入れを停止し、今週からはレストランが閉められ、僕は仕事が休みになった。今日はベランダで、前から始めているネギやバジルの栽培をしていた。とりあえず芽が出たので大きなプランターに植え替えたところだ。みんな自宅にこもっているのか、街は静かだ。

 

先月、用事があってひさしぶりに中央駅に行くことがあったのだが、そこで人が倒れるのに出くわした。先月はまだ人が多くてマスクをして歩いている人もいなかった。でもコロナの不安はドイツにもうっすら蔓延していた。

地下鉄のホームからの階段を上がったところで男女とすれ違ったが、すれ違いざまに女のほうが顔から倒れた。顔を床に打ち、鼻と歯から血を流して痙攣している。(てんかん発作かな)と思った。でも男がえらく騒いでいる。女の名前を呼んで、助けてくれ、と。てんかんなら治まるのを待つしかない。発作持ちだと聞かされていないのか。

てんかん発作で気をつけるのは、倒れるときに怪我しないようにすること(これは手遅れ)、痙攣で首をふっているとき床に頭を打ちつけないようにすること(コートのフードがうまくクッションになっていた)、あとは窒息。

女は顔に血まみれの髪がべっとりついていて、僕は窒息しそうと思ってそれを払いのけた。そのときに手に血がついた。駅員が来て「救命医を」と叫び、あたりが騒然としはじめた。僕は何もできないので、消毒ナプキンを買いにその場を離れた。手のべたつきを拭ったあとも、悪いことをした後のような嫌な気分が残った。

この話をその日、かいつまんで書いてTwitter に投稿した。書いてすっきりしたかったのだけど、投稿してすぐまったく知らないアカウント2人に共有(リツイート)された。僕の投稿を読んでいる人は少ないので、こういうことは珍しい。なにかと思ったらそれらのアカウントは 、他の人の書いた、人が倒れたという似たような話をいくつもリツイートしていたのだ。

すぐに消した。

つまり、彼らはウィルスで倒れる人が日本で増えているという証拠を集めているのだ。日本は検査をあまりしていないから、感染者の暗数は比較的大きいだろう。その不安からやっているのだろう。

似たような話で、場で帰りにいっしょになって珍しく会話した同僚が、40代の日本人男性だが、コロナに絡めた中国の陰謀論や古典的なユダヤ陰謀論を熱心に語っていて、気分がふさいだ。

「そんな内政干渉あったら大ニュースですよ」いちおう反論めいたことは言ってみた。

「マスメディアも操作されているんだよ」もちろんそうだろう。

黙示録的な状況をどこかで期待している人たちもいるんだろうと思う。

ペストが蔓延したころ、それを神の罰だとして自分の体を鞭で叩く集団が現れ、一方でユダヤ人排斥が加速したそうだが、今の世相を見ているとさもありなんだ。歴史の本で読んだ、「自らを鞭打つ勇気のない者は」ユダヤ人を攻撃した、というくだりが印象に残っている。

僕の祖父母が90代後半で、まだ健康だ。祖父は施設にいて、風邪などは引いていないがさいきん食が細くなった。もう長くないだろうと父は言っている。とにかくよく食べる人で、胃がんで胃の半分を取ったときも食欲は失わなかった人だから。祖母はウィルス対策のため面会できないことを怒っているらしい。焦る気持ちはあるだろう。

老い先短くても呼吸器関係の死に方はしたくない、と思う。肺炎もだけど、溺死とか誤飲とかも、苦しみが長そう。